最初の粛清
板垣亘日本国首相は中国との首脳会談を終えると、車に乗り込んだ。
「あれでよかったのですか、総理?」
後部座席の隣に座った老人が聞いた。
「国民から不満の声があがりそうですが……」
「国民の生活よりも、まずは国家の財政だ」
板垣総理は老人の声を振り払うように答える。
「中国製品の輸入に力を入れ、中国人労働者の受け入れを優遇する。そして我々は日本国民からがっぽり金銭を搾取し、甘い汁を吸わせてもらう。フフ……、選挙の時だけ謳った甘い売り文句が効いたな」
運転手が前を向いたまま、言った。
「やはりこの国は……上のほうから腐っていたんだな」
「だ……、誰だっ!?」
老人が気づいて声をあげた。
「貴様……、いつもの運転手ではないな!?」
運転手は突然、国道脇に車を停めた。そしてゆっくりと振り向いた。
黒ぶちメガネのレンズが街灯を反射し、その目は隠れていたが、大学生ぐらいの若い男だった。
「僕はミカエル──正義を執行する者だ」
「おいっ! SPは何をしとる?」
総理が後ろを振り向いた。
ついて来ているはずの警護の車はいつの間にかそこにいなかった。
「毒島っ!」
老人が慌てた声で助手席の男に言う。
「何をしとるっ! 不審者じゃ! 取り押さえんか!」
声をかけられた助手席の男はぴくりとも動かなかった。既に息絶えているように見えた。
「この世には法律で裁けない悪いヤツがいる」
ミカエルが言い渡すように言う。
「ルールで裁けない悪人を裁くために、僕は力を得た」
何も言わずに総理が後部座席のドアを開けた。外へ逃げ出したその後を老人も追う。
「ハハハ……」
ミカエルが余裕の笑いを浮かべる。
「僕から逃げられるとでも思うのかい?」
「なんだ、あれはっ」
夜の郊外の草を踏み、総理が重たい体を走らせながら、憤慨する口調で言った。
「警察を呼べっ! それと迎えの車もだっ!」
しかし後ろをついて来ているはずの老人の返事はなかった。代わりに若い男の声が言う。
「葬儀屋すら呼ばせないよ」
驚いて振り返ると、そこに運転手の格好をしたあの若い男が立っていた。
「おいっ! 私が誰だかわかっているのか!?」
「日本国首相、板垣亘──」
「私に手を出したらどうなるか、わかっているんだろうな!?」
「日本がいい国になる」
ミカエルがくすっと笑った。
「僕がこの国を統べるようになるからね」
「ふざけるな!」
総理が唾を吐きながら言う。
「おまえのようなふざけた若いモンが日本を統べるだと!? 私が首相になるのにどれほどのことをしてきたと思っているんだ!」
「さんざん汚いことでもしてきたのかい?」
「私はこの国のトップだぞっ! 私に何かしたら、貴様、ただでは済まんぞっ! わかっているのか!?」
「少なくとも今は裸の王様だよ?」
メガネを指でくいっと上げ、ミカエルがくすくす笑う。
「見てごらんよ。周りにアンタを守ってくれるものは何もない。アンタは今、ただの一人の裸の王様…、いや、裸のサルだ」
「た……、助けてくれっ! 何が欲しいんだ? カネか? いくらでもやる! ほら、このカードをやる! これを使えばいくらでもカネが引き出せる!」
「僕が欲しいのは──」
ミカエルの身体の周りを、緑色の煌めく光が包んだ。
「正義だ」
何も見えなかった。ミカエルとは3メートルもの距離が離れているのに、すぐ後ろから襲われたように、総理の首がねじられ、首だけが真後ろを向いた。
「ははっ」
草の上に倒れた総理を見下ろし、ミカエルが言った。
「気持ちいー」




