人の気持ちがわからない
「そうか。アニーは信じたか」
暗い石造りの部屋で、右京四郎と向かい合ってビァンビァン麺を食べながら、メイファンが言った。
「でも、老師の思惑通りにはいかなかったです。……この極幅広麺、美味しいですね。日本のコンビニで売ってるのと全然違う」
「麺が太くてもっちもちだろう? というかコンビニフードと私の料理を一緒にするな。……しかし、そうか。アニーは万歳して喜ぶものだと思っていたのだがな……」
「友達だそうです。老師は大切な友達だから、殺したアイツのことをけっして許さないって、燃え上がってましたよ」
「ふーん……」
メイファンはビァンビァン麺をびよーんと伸ばして食べると、どうでもよさそうに言った。
「まぁ、それじゃあ、ヒカルと闘って死ねばいい」
「もぐもぐ……ふふっ、ほんとうは嬉しいんでしょ? メイ」
その口がララの声で言う。
「友達なんて一人もいなかったもんね?」
「うるさいぞ、姉ちゃん。そんな仲良しごっこに私は本心から興味がない」
「メイもアニーちゃんのことが好きなんだよねぇ? だから死なせたくなくて、メイを殺してくれたヒカルさんに感謝させようと思って嘘をついたら……逆に火を点けちゃったぁ」
「……まぁ、私の読みが甘かった。私を殺せるほどの強いヤツの出現に、アニーの挑戦意欲が高まってしまったのかもしれん」
「違うよぉ〜。カタキをとるって言ったんでしょ? アニーちゃん、メイを殺したヒカルさんのことが、ただひたすらに許せないんだよ」
「味覚を切り替えてやろうか、ララ」
「わっ! やめて! あたし、辛いのだめ! 怒ったの、メイ? 恥ずかしいの? どっちー?」
「ふー……」
メイファンはビァンビァン麺を食べる手を止め、烏龍茶をくぴっと飲むと、呟くように言った。
「私の弱点はこれだな……。人の心というやつがまったくわからん。みんな誰でもが自分の目的さえ達成できればいいものだと思ってしまうんだ──自分がそうだから」
「老師は自己中じゃないですよ」
右京四郎が料理をうまそうに食べながら、笑った。
「こんなおもてなし料理を作れるひとが、他人のことなんかどうでもいいと思ってるわけないじゃないですか」
「料理はただの趣味だ。まぁ、それをうまそうに食ってくれる他人がいると、さらに楽しいのは確かだがな」
「それってやっぱり他人を楽しませようとしてるってことじゃないですか」
「どうでもいい」
メイファンは過去を思い出すような目をして、語るように言う。
「私にとっては、すべてはどうでもいいんだ。自分の生き死にすらどうでもいい。殺し屋稼業の中で何度も死にかけたことはあるが……ただ、私の身体の中にララがいる。ララにだけは死んでほしくない、悲しくなってほしくないから、こうして生き続けているだけだ」
右京四郎が微笑んで言う。
「ララさんを……お姉さんを愛してらっしゃるんですね」
「ああ……。私がこの世で大切なのは姉ちゃんだけだ」
「シローさんも好きでしょ」
ララの声がツッコむように言った。
「それからアニーちゃんのことも。素直になりなよっ」
「フ……」
負けを認めたように笑うと、メイファンは食事を中断して立ち上がった。
「どうでもいいが、アニーを死なせたくないのは確かだ。計画を変更しよう」
「どうするの? メイ」
「力を合わせてヒカルを退治する。私の最高傑作を壊すことに抵抗はあるが仕方がない。このままではアイツは前に立ち塞がる者はすべて粛清しようとすることだろうからな」
「僕も力を貸しますよ、老師!」
右京四郎は出された料理をペロリと平らげると、言った。
メイファンがそれを睨む。
「貴様……。私の出した料理が物足りなかったのか?」
「へ……?」
「ぜんぶ食べてしまうとは……『こんな量じゃ足りませんでした』ということだろう?」
「え……。いや、あまりに美味しかったから……残さず──」
「少し残すのが礼儀だろうが! 『あまりに多すぎて食べきれませんでした、貴方の心遣いに感謝いたします』って、そうやって心を示すものだろうが!」
「いや……、たぶん……、それ、中国の礼儀作法で……。日本では……」
メイファンは呆れたように、吠えた。
「人の心がわからんやつだな!」




