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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第二部 ルールと秩序
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化け物

「待てっ!」


 羽根を広げ、右京四郎が壁の穴から飛んだ。


 森の中に建つ石造りの塔は、廃墟となった某新興宗教の建造物だ。メイファンはその4階に住んでいる。

 風が吹き渡る4階の高さから見渡してみたが、光の姿はどこにもなかった。森の中へ逃げ込んだのだとしたら、探し出すのは容易なことではない。


「老師……っ!」


 振り返ると、右京四郎は穴を潜り、石造りの部屋へ戻った。天神光に一撃をくれてやりたい気持ちも強かったが、師匠を慮る気持ちのほうがさらに強かった。


 ベッドの上には息の止まったララが変わらず不自然な格好で寝そべっていた。

 右京四郎はその側に跪くと、祈るように呟く。


「老師……! あなたは凄まじい力の持ち主だ! きっと……こんなことになっても、生き返ることができるんでしょう?」


 ララの中で、メイファンの動く気配は、しなかった。


 右京四郎はそれでも見守った。180度後ろに曲がっている首を直してあげようかとも思ったが、触れないほうがいい気がして、そのまま何もせず、見守った。


 ララの表情は、びっくりしたように口をぽかんと開けたまま、固まっている。


 その口が、動いたような気がした。


 いや、間違いなく、動きだした。「あうあうあうあう……」とうめき声のようなものがそこから出ると、続いて何か白い煙のようなものが出てくる。

 やがて白い煙はエクトプラズムのように形をもちはじめ、聖母のような姿になると、反対にララの身体が縮みはじめた。黒い肌の10歳の少女──メイファンの姿に変わる。首は相変わらずねじれている。


「老……師」

 右京四郎はただそれを見守った。


 聖母のようなかたちの白い煙がメイファンに手を当てる。

 メイファンの首が、ゆっくりと回り、だんだんと正しい位置に戻りはじめた。


「カハッ……!」


 メイファンが息を吐き、復活した。


「老師ーーーっ!」

 右京四郎が泣きながら笑う。


 ハァハァゼイゼイと呼吸を取り戻すメイファンの背中を一生懸命に右京四郎がさすっていると、白い聖母のような煙はにっこりと笑い、耳の穴からメイファンの中へ戻っていった。


「チ……! 油断した」

 ようやくメイファンが喋った。

「ララ……、すまん。おかげで助かった」


 右京四郎が心配そうに背中をさすりながら聞く。

「今の──白い煙は……ララさん?」


「そ……、そうですよっ……。けほ! けほ!」

 メイファンの口から死にそうな声でララが言う。

「あたしって……、身体がないから、あれがほんとうの姿……。メイの身体を借りてないと生きてられないんです……っ」


 右京四郎がメイファンの口の中を覗き込んで、言う。

「苦しそう! だ、大丈夫!?」


「し……、死ぬところでした……。やっぱりメイの身体を出ると……死にそうになるわ……」


 同じ口がメイファンの声で言う。

「あそこでとどめを刺されていたら二人とも死んでいた」


 右京四郎が心から安心したように泣いた。

「よかった……! 生き返って……! ほんとうに生き返っちゃうなんて凄いや! さすが僕の老師だ!」


「フン……」

 メイファンがそっぽを向きながら、言った。

「貴様が来てくれなければ死んでいた。……シロー、一応礼を言うぞ」


「お礼なんていいんですようっ!」

 右京四郎がメイファンのちっちゃい身体に抱きついた。

「生きててくれた……それだけで!」


「あーあ……」

 またララの声に戻り、メイファンの口が言う。

「シローさんに、あたしの化け物の姿、見られちゃった」


「美しかったですよ! 聖母様みたいでしたよ、ララさん!」


「えー? あたし、マリア様?」

 メイファンの肉食獣の目だけがララのタレ目になり、嬉しそうに笑う。

「ね、メイ。助けてもらったお礼にシローさんになんかあげようよ。肉まんがいいかな」


「姉ちゃんは化け物じゃない」

 お礼の話は無視して、メイファンが言った。

「化け物はあいつだ。天神光──」


「そんなにあいつ──強くなったんですか!?」


「ああ、シロー……。貴様がもしヤツの後を追って、闘うことになっていたら、間違いなく瞬殺されてただろうな」

 そう言うと、メイファンは嬉しそうに笑った。

「フッ……。とんでもない化け物を作り出してしまったぞ。さすがは天才のこの私だ」



 ▣ ▣ ▣ ▣



 右京四郎から報告を受け取ったアニーは大声をあげた。


「なにーーっ!? メイファンが死んだ!?」


 大山流空手道場の広い一室で、一緒に聞いていたロレインと澄香も表情を険しくした。

 右京四郎が話を続ける。

「老師が改造し、育てていた天神光というヤツが、化け物になってしまったらしいんだ。あっという間に老師より強くなり、老師の首をはねて殺害し、窓から逃げた」


「メイファンが……メイファンが……」

 アニーがそれを聞いて、わなわなと震える。


 澄香が横からアニーに言った。

「肉まん……食べられなくなって悲しいのか?」


「肉まんなんてどうでもいいっ! あいつは俺のトモダチだったんだ……っ!」

 アニーの口から信じられないほどおおきな歯ぎしりが鳴った。

「許さんぞっ! そいつっ!」


「だから……ね、大山さん、ロレ……カミュさんも」

 右京四郎が心配するように言いつける。

「闘おうとなんて、しちゃだめだよ? 危ないから。先生たちに任せておくんだ」


「いやだっ! 俺はメイファンのカタキをとるぞっ!」


「うーん……。困った。まさかこんな反応になるとは……。『メイファン殺してくれてありがとう』とか言うものだと思ってたのに……」

 右京四郎は鼻の頭をポリポリと掻くと、横の澄香に聞いた。

「君はわかってくれるね? 絶対に、闘おうとなんてしちゃだめだよ?」


 澄香は何も答えず、ただ目を閉じた。


「カミュさんは……わかってくれるよね?」


 視線を移すと、ロレインは笑っていた。


「ちょっと……せんせい、いい?」


 そう言って右京四郎の腕を引っ張って、外へ連れ出した。


 中庭の池のほとりまで歩くと、右京四郎が聞いた。

「な……、何? ロレたん、何か、話が……?」


「ふふっ……。シロたん」

 ロレインはくるっと振り返ると、からかうように言った。

「嘘へたすぎ! メイファンが死んだなんて、嘘でしょう? あれだけ慕ってた老師が死んで、シロたんがそんなに平然としてられるわけがないもの!」





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