青い妄想
左近右京四郎は日の暮れはじめた公園沿いの道を、ロレインと並んで歩いていた。
彼の趣味は詩作だ。
隣を歩くロレインのことを意識しながら、頭の中で詩を呟いていた。
『僕の隣を妖精が歩く
そのプラチナブロンドの髪が夕陽に透け、その優美な微笑みが、僕のすぐ横にある
あぁ──君は魔法少女
僕の心をうさぎさんで包み込む』
「何を考えてるのかなっ?」
突然、微笑みながらロレインが前に出て、顔を覗き込んで来たので右京四郎は飛び上がりそうになった。
「え……。その……」
苦しまぎれにさっき見たばかりのことを話題にする。
「ろ、ロレイン、きみ……強いんだね。あのうさぎさんは何だったの?」
「ふふ……。うさぎさんは私の友達。それに私の相棒は私なんかよりずっと強いですよ」
「相棒?」
「この間、ここで会ったでしょ?」
公園のほうを眺めながら言う。
「アニーよ。あの子、とっても強いんですから」
「あぁ……」
すばしっこくお姫様だっこされに来た赤髪の女の子のことを思い出しながら、右京四郎がうなずく。
「あの子、すばしっこかったね」
「すばしっこいだけじゃないんですよ」
愛しい思い出を辿るような目をして、ロレインが言う。
「アニーは世界の希望。私はそれを守るための盾──」
遠くを見つめながらロレインが微笑む。大切な思い出の邪魔をするような気がして、右京四郎は何も言葉を口にできなかった。しかし間がもたなくなり、軽い口調で言いだした。
「あ、そうだ。僕にもあの格闘技……サバットだっけ? あれ、教えてくれないかな」
「ええ!?」
ロレインが困ったように眉を八の字にしたので、右京四郎はしまったかなと思った。あまりにも軽薄なことを言って、彼女の厳しかったであろう鍛錬の日々を馬鹿にしてしまったかな、と──
「む、無理かな……」
「うーん……」
ロレインが何やら考え込んだ。
「そんなにお強くなりたいんですか、シローさん?」
「うん。僕……、こんなヒョロガリだろ? 強くなったらなんだか自信がもてる気がするんだよね。ハハ……」
ポリポリと頬を掻く右京四郎の横顔を見つめながら、ロレインの表情がだんだんと厳しくなる。
「だめですよ、シローさん」
「えっ?」
厳しくなったロレインの表情が、急に今度は泣きそうになった。青い目が潤むのを、右京四郎は感動したように見つめた。
「そんなにいきなり強くなれるわけはありません。それに……こう言っては何だけど、人にはそれぞれ向き・不向きというものがあります」
ロレインにそう言われ、右京四郎が苦笑する。
「そ……、そうだよね。僕なんかがどれだけ鍛錬したところで、兄貴みたいにはなれないよね……」
「強くなる必要なんてない。シローさんはそのままでいいと思います。だって、とても優しい目をしているんですもの」
愛の告白でもされてしまったような気分に、右京四郎の顔が真っ赤になった。
「何より……」
ロレインが真剣な顔になり、言った。
「自分にないものを求める心には、悪夢が忍び込みます」
「悪夢……?」
「ええ……。黒い悪夢よ」
意味がわからず、右京四郎が黙り込んでいると、続けてロレインが言った。
「お願い、シローさん。自分をもち続けていて。黒い悪夢に取り込まれないで」
はははと意味もわからず笑い、右京四郎は答えた。
「うん、わかったよ。気をつける」
実際、自分が強くなれるなんてことは夢物語だと思っていた。誰か神様みたいらやつが現れて能力を与えてでもくれない限り、そんなことはあり得ない。そしてそんな漫画みたいなことは現実にはないのだとわかっていた。
並んで歩くロレインの足が左へ行こうとしたので、我に返って右京四郎が声を出す。
「あれ? ロレたん、そっち?」
「ええ……。でも……」
「じゃ、ここでお別れだね。バイバ……」
「帰りたくないな……」
「えっ!?」
いきなり懇願するような青い目で見つめられてしまった。
これは『泊めて』という意味なのだろうかと内心ドギマギした。
しかし兄貴と二人暮らしだ。自分は大人しい子羊だから安全だが、あの肉食系の兄貴がまたどんなセクハラを働くかわからない。……いや、その時はまた、あのうさぎさんが彼女を守ってくれるのか? 彼女も強いし……。
そんなことをぐるぐると考えていると、スマートフォンが鳴った。ロレインのスマートフォンだった。
「あ。アニーから……」
ロレインは白いうさぎでデコったスマホを耳に当てると、電話に出た。
「アニー? ……うん。……えっ? そうなの? 本当!? 家に泊まれるの!?」
なんだか嬉しそうな笑顔を浮かべてピッと通話を切ると、ぱあっとその笑顔をさらに花開かせて、右京四郎に報告する。
「アニーがね、友達の家に泊まるから私にも来いって」
「へ……、へぇ……。楽しそうだね。お泊まり会みたいな?」
右京四郎は内心がっかりしながらも、笑った。
「嬉しい」
ロレインが心から幸せそうに笑う。
「私、家で寝られるなんて、久しぶり。あぁ……。どれくらいぶりだろう」
「そ、そうなんだ?」
もしかして橋の下とかでいつもは寝ているのだろうかと右京四郎は心配になった。
「じゃ、私、行きますね」
長い足を小走りにしながらロレインが手を振った。
「今日はどうもありがとう、シローさん。お兄さんのジムを紹介してくれて」
走り去る美少女の背中を右京四郎は見送った。彼女に兄の通うジムの話、したっけ? と思いながら。
公園の水銀灯に明かりが点いた。こんな時間にあんな美少女を一人で帰らせてよかったのだろうかと一瞬不安になったが、すぐにそれはかき消えた。あの娘は自分よりも強いのだ。サバット使いなのだ。
ふと自分が情けなくなった。
高校生のくせに、小学五年生の女の子一人守れない、力のない自分に嫌気がさした。
強くなれたら自信がもてるのに──やっぱりどうしても、そんな気がするのだった。