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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第二部 ルールと秩序
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力試し

「懐かしいな……」

 大山おおやま澄香すみかは金網に囲まれたリングを眺め、呟いた。

「6年振りなのに、ちっとも変わっていない」


 メタルハライドの白い照明の下、裏カクカイのリングの上では、熱い闘いが繰り広げられている。ムエタイの戦士とプロレスラーが互いに血だらけになって技の応酬をしていた。


「スミくん、お願い」

 澄香の後ろからロレインが言った。

「アニーが肉まんに目が眩んだら、止めてあげて」


「話をしに行くだけだっ! 服を引っ張るなっ!」

 アニーは赤い空手着をロレインに掴まれながら、ジタバタと手足を動かしている。


 少し向こうに出店している肉まんの屋台を眺め、澄香が言った。

「ラン・メイファンか……。ボクも少し聞きたいことがある。行ってみよう」


「肉まん、買うのかっ!?」

 アニーが喜ぶ。


 澄香が背中で答える。

「買わないよ、父さんに叱られたいの?」


 綿の抜けたぬいぐるみのように元気をなくしたアニーをロレインが引っ張っていった。



「……おっ?」

 やって来る澄香を見ると、メイファンが目を光らせた。

「久しぶりじゃないか、大山スミカ。なかなかまた強くなったようだな?」


「やぁ、ラン・メイファン」

 澄香は笑顔で挨拶をすると、早速聞いた。

「聞くけど、キミのところに新しい弟子が入ってない?」


「あぁ、素晴らしいのが入ったぞ。知っているのか?」

「もしかして……黒ぶちメガネをかけた、陰気な感じの、なんというか高圧的な──?」


「そいつだ」

「貴様の知り合いなのか?」


「学校の先輩なんだ。名前は天神あまがみ……なんとか?」

ひかるだ」


「もう……改造したのか?」

「既に改造済み、現在調整中だ。もう少ししたらここに出場させて試すつもりだ」


「その時はボクを対戦相手に指名してくれ!」

 澄香は拳を握りしめた。

「カレはよくない思想を抱いている! カレが化物になったらボクが叩き潰すと宣言してあるんだ!」


「フッ……」

 メイファンは鼻で笑った。

「貴様ごときに、アレが倒せるとでも? ……やめておけ、死ぬぞ?」


「ボクだって成長している! あの頃の1分しか動けなかったボクとは違う!」


 その時、マイケルがマイクで飛び入り参加者を募った。


「ボクが出る!」

 澄香がすかさず手を挙げた。

「対戦相手は……」


「よし、やるかっ!」

 アニーがぴょんと跳ね、手を挙げる。


「いや、アニーにボクは負けたことがないだろ。……ロレイン!」


「えっ?」

 ロレインがびっくりして澄香を見た。


「対戦相手にキミを指名する! いいか?」


「いいの、スミくん?」

 冗談を聞くようにロレインが微笑む。

「反対に──私には勝てたことないでしょ?」


「だからこそだ。ボクがどれだけ成長したか、見せてやる!」



 それぞれ更衣室へ向かう澄香とロレインを見送りながら、小馬鹿にするようにメイファンが言った。

「フン……。アニー、貴様、スミカに勝てたことがないのだな」


「俺は攻撃するしか能がないからなっ」

 アニーは恥ずかしがることもなく、笑う。

「攻撃ならスミカのほうが強かったっ! 1分間だけとはいえっ!」


「なるほど……。それでロレインが天敵だったというわけか」


「そうだっ。ロレインは逆に守りが得意だからなっ」

 アニーが面白いものを思い出すような目をして言う。

「うさぎさんに手こずってるうちに1分経って、ヘロヘロになったスミカに笑顔でロレインがキック入れてたぞっ」


「さてそれをどう克服したのか……」

 メイファンは屋台に両腕を乗せ、その上にアゴを乗せると、牙を剥いて笑った。

「見ものだな」



 マイケルがマイクパフォーマンスをする。

「赤コーナー、美少女か、イケメンか? イケメンだーっ! 真っ白な空手着に身を包んだ空手界の王子、大山澄香ーーっ!」

「青コーナーはプラチナブロンドの美少女だ! オイオイ、なんて美しい対決だよーッ! フリルのついた純白の体操着姿がイカす! サバットの達人、ロレイン・カミューーっ!」


「よろしく、スミくん」

 ロレインがリングの上に立ち、微笑む。

「ここ、ゲームセンターより楽しいよね。前からリングに立ちたかったんだぁ〜。指名してくれて、ありがとね!」


「押忍」

 それだけ言い、一礼をすると、澄香は構えた。


 ゴングが鳴った。


「くまさんっ!」


 いきなりロレインがくまさんを前に出現させ、身を守る。

 本物の熊よりは少し小さく、体つきもヒョロい。


「うさぎさんだけじゃなくなったのか」

 澄香はズンズン前へ歩くと、くまさんの足元を蹴りで掬う。

「……しかし、これなら本物の熊さんのほうが手強いな」


 下段蹴り一発でくまさんはリングに沈み、泣き顔をさらして消えた。


「ねこさんっ!」


 続けてファンシーなねこが出現する。身長は約1メートル80センチだ。


「どうしてこんなにファンシーなんだ」


 澄香がアゴの下を撫でると、ねこはたちまち戦意を喪失し、リングの上でゴロゴロしたかと思うと液体になって溶けた。


「たぬきさんっ!」


 リングの下からつくしのように、ヒョロヒョロのたぬきが生えてきた。


「キモいっ!」


 澄香の回し蹴り一発で消えてなくなった。


 ロレインが泣いた。

「くまさんっ! ねこさんっ! たぬきさーんっ!」


「早くアレを出せ」

 ジリジリと、澄香が間合いを詰めながら言う。

「アレには一度も体力を削り取られなかったことがないんだ」


 ロレインの顔に緊張が浮かぶ。


 このままもしも最後の盾まで破られてしまったら、自分には防ぐ術がない。


 しかし、直接闘えば、澄香の猛攻には適うはずもない──


 召還するしかなかった。無敵の盾を──


「うさぎさんっ!」


「やぁ、スミカくん。久しぶりだね」

 ズォッという音を立てて、身長約2メートル50センチのヒョロ長いうさぎの紳士が立ち上がった。

「私はロレたんの盾だ。ロレたんを倒したいなら、この私を倒して進むがい──」


「うおおおおっ! 大山流・天地爆裂!」


 澄香はうさぎさんを下から蹴り上げると、少しだけ浮き上がったその巨体を追うように跳躍し、脳天から股間までを切り裂くように、踵落としを喰らわせた。


 うさぎさんが叫ぶ。


「ぬ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 重い音を立ててリングに沈んだうさぎさんの姿を見て、ロレインが泣きながら謝った。


「うさぎさん……! いっつもごめんなさい!」


 リングの外でメイファンが言った。

「もう試合開始から2分近く経っているぞ。……あいつ、動けるのか?」


「いつもならここでとっくにヘロヘロになってるところだが……」

 アニーがニカッと笑い、メイファンが奢ってくれた肉まんを頬張りながら、澄香を褒め讃えた。

「成長したな、スミカっ」


「まだもう一撃、ボクは大山流の秘技を使える」

 澄香はまだじゅうぶんに体力を残していた。

「降参しろ、ロレイン」


「負けました!」

 ロレインがあっさり手を挙げた。


「どうだっ! ラン・メイファン!」

 リングの上から澄香が吠える。

「これでも相手にもならないなどと思うか!?」


「なるほどな……。面白い」

 メイファンはニヤリと笑った。

「わかった。ヒカルの緒戦の相手には貴様を指名してやろう」

 




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