大山澄香の生きる意味
ランニングを終え、大学のグラウンドに戻って来た大山澄香にマネージャーの女子がタオルを差し出した。
「お疲れさま、スミカくん」
「ありがとうございます、先輩」
澄香は清々しい顔でタオルを受け取ると、汗を拭いた。
先輩部員たちが文句の声をあげる。
「おいおいマネージャー! なんで大山ばっかり贔屓するんだよ」
「顔がいいやつはいいよなー! かわいいマネージャーにチヤホヤしてもらってよー!」
マネージャーがふくれた顔で言い返す。
「スミカくんは我が空手部の期待のエースなんだからねっ! あんたたちみたいな弱っちぃのとは違うのよっ! チヤホヤして当たり前でしょーがっ!」
先輩部員たちも負けずに言い返した。
「強さより顔だろーが! はっきり言えっ!」
「俺も美形になるからチヤホヤしてよー!」
「じゃ、あんたたち、スミカくんと戦って、勝てるのかね?」
マネージャーの言葉に先輩部員たちが「うっ!」と呻く。
大山澄香は入部するなり10人の先輩部員と組手をしてあっという間に全員を負かしていた。
女性的な顔立ちに圧倒的な強さを兼ね揃えた彼は、空手界のアイドルとして雑誌などにも取り上げられていた。
「毎日頑張るよね、スミカくん」
マネージャーが恋する雌の目で澄香を見る。
「あんなに強いのに努力まで怠らないんじゃ、こりゃー敵う者がないわけだ」
「ボク、スタミナがないんですよ。だから毎日走り込んで、スタミナを鍛えているんです」
「またまたぁ〜! 10人相手に闘えるスタミナがあるのに? 謙遜しちゃってぇ〜」
「力の抜き方を覚えたんです。全力で動いたら2分もスタミナが保たないんですよ」
「え……! あれで力、抜いてたの?」
「1割ってとこですね」
澄香はちっとも得意そうではなく、当たり前のように言った。
「ボク、そのうち空手部は辞めるつもりです」
「ええ〜〜〜!? 辞めないでよ!」
「空手部とは別に『大山流空手部』を創設したいんです。そのためにもっと実績を積まなければ」
「大山流?」
「ええ、ボクの伯父が創始した、世界最強の空手です。残念ながら使える者が今のところ3人しかいない。この最強の空手をボクが世に広める! それがボクの生きる意味だ! そのためにまず、この大学に大山流空手部を創りたいんです」
「えー! そうなったら私、その部のマネージャーになりたい!」
澄香はにっこり笑って、白い歯を光らせた。
「是非お願いします」
その反応に、女子マネージャーは調子に乗った。
「ねぇねぇスミカくん……。今度の日曜日、ヒマ? もしよかったら私と……」
スミカは笑顔で即答した。
「すみません。今度の日曜は家族と食事に行くんです。妹弟子たちとも久しぶりに会えるので楽しみにしているんですよ」




