僕を改造しろ
左近右京四郎は鉄格子のはまった窓から月を眺めていた。
石牢のような部屋だ。後ろの簡易ベッドに座る白いチャイナドレス姿の女性が、にっこりと笑ってその背中に話しかけた。
「よかった、シローさん。手遅れにならなくて」
「ありがとうございます、ララさん」
右京四郎は月から目を離さずに言う。
「……でも、僕なんか、腕を二本骨折したままのほうがよかったのかもしれない」
「ロレたん、きっと、シローさんのことを嫌いになったわけじゃないよ」
暗い右京四郎に負けまいとするように、ララがにこにこにこと笑う。
「ちょっと彼女の好みと違うことをしちゃっただけ。普段通りの貴方を見せれば、きっとまたあのロレイン・スマイルを見せてくれるよ」
「おい」
いつの間にか入口に立っていた天神光が声をかけた。
「いつまで持たせるんだ? メイファンはどこだ」
「メイは今うんこ中ですよ。ちょっと待っててくださいね」
そう言って笑うララの手首から先だけが黒くなり、ララの頬にぱしっとツッコミを入れた。
「ふん……」
光は退屈そうに体を揺らすと、右京四郎のほうを見ながらララに言う。
「それにしても……改造するとそいつみたいに気持ち悪い姿になってしまうのか?」
「きも……」
右京四郎が1,754のダメージを受けた。
「……ちわるい」
「シローさんは気持ち悪くなんかありませんっ!」
ララが擁護する。
「確かにトンボみたいな羽根が生えてて、腕は4本あって、身体はナナフシみたいで、顔は元々よくないですけど、気持ち悪くはありませんっ! トンボだと思えば普通ですっ!」
「僕……、人間じゃないんだ……」
右京四郎が膝をついた。
「まぁ、どうでもいい。早くしてくれ」
そう言うと光は出て行った。
「じゃ、行ってきますね。シローさん、元気を出して」
そういうララの口から牙が覗くと、メイファンの声で罵倒した。
「くだらん時間をかけさせおって。貴様はポンコツ弟子だ。ララも治療などしなくてよかったのに」
「老師……。僕……死んだほうが……?」
「まぁ、私の作った肉まんでも食って帰るんだな」
ララの身体がみるみる黒くなり、17歳形態のメイファンになると、白いだぼだぼのチャイナドレスを脱ぎ捨て、全裸になった。
「自慢の品だぞ。あれを食えば元気も出るはずだ」
石造りの道場に、光とメイファンは向かい合って立った。
光が問う。
「なぜ……全裸なんだ?」
メイファンが自慢げに胸を張り、答えた。
「めんどくさいからだ」
「服を着てくれ」
「これが私の普段着だ。野獣が着物を着るなど、おかしいだろ?」
「ふん……。まぁ、女の裸なんか見慣れている。いいよ、それで。早く僕を強くしろ」
「気に入らんな、その態度。まずは私を『老師』と呼べ」
「そんなに若いのに老師なんておかしいだろ」
「老師というのは中国語では『先生』という意味だ。『老』は目上の者に対する敬意を表している。若くても女性でも先生の立場ならば『老師』だ」
「じゃ、老師」
「『じゃ』は要らん」
「めんどくさいな……。早く始めてくれ」
「では、まずは貴様の素質を見せてもらおう」
メイファンは側に置いてあった皿から細長い揚げパンを取ると、それを棍棒のように構えた。
「今日はフランスパンがないから油条だ。今からコイツで貴様を突く。避けてみせろ」
「なんだ、それ。バカにしてるの?」
「行くぞ?」
メイファンの構えた油条が伸びた。手はまったく動かさずに油条だけが動き、光の心臓のあたりにトンと当たる。
「……びっくりした!」
光が目を瞠る。
「そんなこともできるんだな!」
そして嬉しそうにメガネのレンズをキラリと光らせた。
「これが槍なら、貴様は今、心臓を一突きされて死んでいるところだ」
メイファンも笑った、獣のような険しい表情のまま、嬉しそうに。
「しかし……見えていたな? 私の『気』の動きが。まるで私が手を動かして攻撃したのを避けるように反応したな」
「ああ。おまえを包んでいる白いオーラみたいなものが動くのが見えた。おまえはちっとも動かなかったが、それが動いて攻撃して来た」
「今はまだ見えたものに身体がついて行かず、反応が遅れたただけだ」
メイファンは宝物でも見つけたように、目を輝かせた。
「鍛えれば貴様は強くなる!」




