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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第二部 ルールと秩序
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ロレインのきもち

「豚肉……タマネギ……タケノコ……そして小麦粉の匂いがする」


 帰って来たアニーとロレインを正座させた前で、大山師範代は厳しく言った。


「まったく……。この間叱ったばかりだというのに……。今日はロレインまで──」


「罰は受けます」

 ロレインは反省を顔に浮かべて言った。


「……なぜ、おまえらはルールを守れんのだ」

 師範代がため息を吐く。

「一体何を食べたんだ?」


「肉まんだっ」

 アニーが思い出し笑いをしながら、正直に答えた。

「うまかったぞっ! いつも草ばかり食ってるから、余計になっ!」


「あなた……」

 横から妻のアイリスが口を挟む。

「この子たち、食べざかりなのよ。たまには美味しいものを食べたいの、わかるわ。どうか許してあげて」


「私の指示した献立はまずいというのか?」

 冷静な口調で師範代が妻のほうを向く。

「まぁ、味を楽しむものではないかもしれない。しかし、栄養とスキルアップを兼ねた食事メニューなのだ。毎日これだけを口にしていれば、確実に強くなる」


「でもほら。若い子が好きなものって、あるでしょう?」


「そういうものは大抵、添加物にまみれている。そんなものを口にしていたら人間の芯が腐ってしまう」


「今夜はごはん抜きで構いません」

 ロレインが頭を下げた。

「それと道場の床磨きをいつも以上にやります。反省していますので──」


「俺はいやだぞっ!」

 アニーが正座を崩し、子どものように床に仰向けになった。

「うまいもの食いたいっ! うまいもの食って何が悪いっ!?」


 師範代は顔色を変えずに、口だけを動かした。

「よし……。では罰を言い渡す」


 ロレインがかしこまる。

 アニーが駄々をこねながら、頭から猫の耳を立てる。


 師範代は、言った。

「今回は許そう」


「……えっ?」

「やったーーーっ!」

 アニーが笑顔で飛び上がった。

「ど、どうしてですか?」

 ロレインがうろたえながら聞く。


「肉と野菜と小麦粉の匂いはする……しかし──」

 師範代が感心するように言った。

「添加物の匂いは一切しない。食材の匂いも健康な豚肉に無農薬の野菜──すべて厳選されたものだと見た。素晴らしい料理人のところで買い食いをしたようだな」


「メイファン……!」

「メイファンすげーっ!」


「ただし次は許さないぞ? 買い食い自体は悪いことだ」


「……はい」

「メイファンすげーっ!」


「たまには外食でも行くか」


「えっ!?」

「ほんとかっ!? なんだ? ステーキか? ハンバーグかっ!?」


「私の知り合いに自然食のレストランをやっている者がいる。私も久しぶりにお会いしたいし、明日の晩はそこへ食べに行こう」


「やった!」

 ロレインが顔を輝かせた。


「自然食って……なんだ?」

 アニーはわからない顔をしてから、すぐにニカッと笑う。

「まぁ、草じゃなかったらなんでもいーなっ! ありがとう、師範代! お礼に裏の稼業も手伝おうかっ?」


「そっちは手伝わなくてよいと言ってあるだろう。さぁ、食事の前の床拭きをしなさい」


「はい!」

「ほーい」



 アニーとロレインに道場のだだっ広い床拭きを言いつけると、師範代は奥の部屋へ行った。


 そこで師範代は裏の稼業をやっているのだ。


「あなた──」

 妻のアイリスが手伝いをしながら、言う。

「注文が25件入っているわ。発送の準備をお願い」


「ウム」

 広い倉庫のような部屋を埋めるように積まれた段ボール箱の中から、師範代は電子レンジの箱を手に取った。

「今週は電子レンジがよく売れるな。20%オフにしたのが効いたな」


 大山道場の裏の稼業はネット通販であった。

 家具から家電製品、健康食品まで、さまざまなものを取り扱っている。

 空手道場の師範代として、こんな仕事を裏でしていることなど、恥ずかしくてけっして誰にも知られたくないと思っていた。



「なぁ、ロレインっ」

 すごいスピードで床を雑巾で拭きながら、アニーが聞いた。

「シローのこと、嫌いになったのかっ?」


「好きよ」

 ロレインは丁寧に床を拭きながら、そっけなく答えた。

「大好き」


「じゃ、なんで今日、あそこで応援しなかった? ロレインの応援があったらシロー、勝ってたかもだぞっ?」


「わかってほしかったんだもん」

 ロレインは床を拭く手を休めると、愛しいひとの顔を思い浮かべるように窓の外の月を見た。

「私は彼に、あんな姿を望んでなんかいないって」


「おっ!」

 アニーも窓の外の月を見て、声をあげる。

「満月だなっ!」


「かっこいい男性なんて見飽きてるほどに見て来たわ……」

 ロレインはアニーと並んで月を眺めながら、呟いた。

「シロたんはあのままがいいの。あのままのシロたんを、私は大好きなの」




 

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