因縁の対決
「えー、それでは次の試合を開始いたしましょう! 赤コーナー、フランスが産んだ空飛ぶイケメン! 鳥人J・Pの登場だぁッ!」
司会者がマイクでそう叫んだので、花子は「ええっ!?」と思わず声を上げ、リングの上を見た。
見知った顔がそこにあった。入学間もないとはいえ、その教師の顔は見間違えようがなかった。美しき英語教師ジャン・ポール先生の、傷痕さえもかっこいいその顔だった。
「対する青コーナー……」
司会者が紹介する。
「こちらもイケメンだ! 詳細は不明ですが細マッチョのイケメンだ! 七節太郎選手ーーッ!」
花子はそっちの選手には見覚えがなかった。
司会者の言う通りのイケメンだ。細いが引き締まった体格にボクサーパンツを一丁纏い、爽やかな笑顔に白い歯が光っている。そしてまつ毛が嘘みたいにバッサバサだった。
花子の後ろで、天神光がメイファンに言う。
「じゃあ早速、僕を改造してくれ」
メイファンは何やらニヤニヤしながら、それに答えた。
「まぁ、待て。今から私の弟子の試合だ。それだけ観させてくれ」
ロレインがリングのほうを見ながら、何やらガッカリしたような表情をしている。
アニーが花子に肉まんを差し出してきた。
「花子も食えっ。5個も買ったんだ。ここの肉まんはうまいんだぞっ!」
「あ……、うん。じゃ、ありがとう」
花子は受け取り、口に入れるなり、声を漏らした。
「なんだ、この肉まん! うまーーっ!!」
「ロレインも食えっ」
アニーが肉まんを差し出すが、ロレインは何も答えなかった。ただ悲しそうな顔で首を横に振る。
左近右京四郎はメイファン老師の言葉を思い出していた。
「私に貴様を元の姿に戻すことはできん。……が、貴様は自分が『気』の力を使えるようになっていることに気づいているか?」
凄い力を身につけていたんだと右京四郎は改めて思う。そしてメイファン老師の言葉を続けて思い出した。
「『気』の力で腕を日本刀に変えることができるだけではない。貴様は自分の身体を思いのままに変化させることができるようになっているのだ。
「ただし、貴様の『元の姿』はそのナナフシだ。『気』の力がなくなれば変身は解け、元の姿に戻る。それを変えることはできん。
「しかし『気』の力が尽きるまでは改造前の姿にも戻れるし、もっとイケメンにもなれるぞ」
それを今日、実践してみたのだった。
姿見の前で色々と自分の姿を変化させ、最高にかっこいいと思う形で固定した。
『ふふふ……。僕のこの姿を見たらロレたん、何て言うだろう』
右京四郎はリングに立ちながら、ついニヤけてしまった。
『惚れ直してくれるかな? ふふふふ……』
「おい」
対戦相手の英語教師が声をぶつけてきた。
「何を笑っている」
「あ……。ごめんなさい」
「……というか、おまえ……。数学教師のシローだろう?」
「え! なんでわかるの?」
これほど元の姿とは程遠いイケメンに化けているのに、バレるとは思わず、右京四郎は目を見開いた。その目を縁取るまつ毛がバッサバッサと音を立てた。
「格闘家の目は誤魔化せんよ。私に憎悪の目を向けてきたあの時のままの闘気と、それにそぐわぬ気弱なオーラが合わさり、おまえの顔に『右京四郎』と書いている」
思わず顔を二本の手で確認してしまった。ついでにもう二本の腕もにゅるっと出てきそうになったのを慌てて抑えた。
「まぁ……、あの時のリベンジマッチだな」
JPが嬉しそうにその端正な顔を笑わせる。
「今度はあの時のようにはいかんぞ」
スーツの上を脱ぎ捨てると、臙脂色のシャツと肩紐のついたグレーのズボン姿があらわになり、ファイティング・ポーズをとった。
「今度も勝つのは僕だ!」
右京四郎のイケメン顔に闘気がみなぎる。
「ナナフシのバケモノに改造されてしまったからには、もっともっと強くなって、己の強さを心のよりどころにするしかないんだ!」
「ファイッ!」
レフェリーが金網の外から叫ぶ。
JPが空気を蹴って駆け上がるのと張り合うように、右京四郎もトンボの羽根を背中に広げて飛び、観客たちの間から驚きの声があがった。




