お久しぶりの裏カクカイ
黒い車の後部座席に三人並んで座った。
車は郊外へ向かって走る。
「付き合ってくれてありがとう」
天神光がルームミラーで三人を見た。
「これできっと彼女に会えるよね」
「肉まんだぞっ」
アニーが念を押す。
「メイファンの肉まん久しぶりに食えるっ!」
「知らないよ、アニーちゃん」
花子がそっぽを向いた。
「今度こそ本当に晩ごはん抜きにされるわよ? いいの、アニー?」
そんなロレインの忠告など聞こえてはいなかった。ただ今は肉まんのことしか考えられないようだ。
「肉まんっ! 肉まんだっ!」
「ところでアニー……」
思い出したようにロレインが言う。
「メイファンといえば、世界が滅亡する前、依頼されてたよね? あれ、もういいの?」
「あー、殺すことになってたよなっ」
アニーは肉まんで頭がいっぱいになっている顔をして、答えた。
「いいんだっ。どーせアメリカが中国の脅威として恐れてるだけのことっ。あんな美味しい肉まんを作れるやつを殺させてなるもんかっ」
「着いたよ」
光が国道脇の駐車スペースに車を停めた。
「ここから歩こう」
暗い階段を下りて行くと鉄の扉があり、その前にスキンヘッドの男が座っていた。
「招待状、あるかい?」
「あるぞっ!」
手を差し出してくる男に人数ぶん、アニーがチケットを渡す。
「な……何、ここ?」
花子が少し怖がっている。
ロレインが鉄の扉を開けた。
「ホーッホッホッホ!」
白く熱いメタルハライド照明の下、およそ200人の観客が取り囲む中、金網に覆われたリング上では赤いボンデージ・ルックに赤い仮面を目の周りにつけた女が、鞭を振り回しているところだった。
「……あっ!」
花子がすぐに気づいた。
「水星先輩だ! 何やってるの!?」
『クィーン・レッド』こと水星五月が闘っている相手はすばしっこそうな小柄の拳法使いだ。五月が振り回す鞭の隙間を掻い潜って間合いを詰めようとしている。
隙ができた。そこを突いて男が五月の腰に抱きつきに行く。
「わーーっ!」
観客の中から勇次郎の声が叫んだ。
「やめろ! 抱きつくな! それは許さん!」
しかし仮面の下で五月は笑った。
舌なめずりをすると、その口が動き、言った。
「かかったわね、坊や」
背中から激しい雨のように、鞭の連打が坊やを襲う。
着ている拳法着がズタズタに破れ、坊やが泣くような声をあげた。
腕が離れたところを左手で押し退けると、赤いハイヒールのかかとが坊やの胸に突き刺さり、とどめを刺した。
レフェリーが手を挙げ、試合終了を言い渡す。
「クィーン・レッド、Win!」
「ホーッホッホッホ! わたくしを満足させてくれるお方はいらっしゃらないのかしら!?」
五月が鞭をピシッ! と鳴らし、勝利のポーズを決めた。
「最高!」
観客の勇次郎が拳を振って感激する。
「女王様! 最高です!」
それを眺めながらアニーが呟いた。
「ノリノリだな……」
花子も呟いた。
「なんか恥ずかしい……」
ロレインが微笑んだ。
「五月さん、ここで武者修行をされてたのね」
光がアニーに聞く。
「例の中国人女は? いる?」
アニーは会場を見渡した。
少し離れたところに肉まんを売る屋台を見つけた。
「あれだっ!」
近づいて行くと、屋台の中には白いチャイナドレスを着たタレ目の女性が座り、気持ちよさそうに居眠りをしていた。
アニーは駆け寄ると、屋台におおきな音を立てて手を着き、注文した。
「ララっ! 肉まん5個だっ!」
びっくりしてララが目を開けた。
元々泣いているような顔がさらに泣きそうになった。
「ひ……! アニーちゃんっ!?」
オロオロと挙動不審になると、身を守るような動作で両手をバタバタと振り回す。
「やばっ……! お願い! 殺さないで! 今、メイは奥で寝てるのようっ!」
「肉まんだぞ」
アニーはにこっと笑った。
「俺の用事は肉まんを買うことだっ」
ララが素速くしゃがみ込んだ。
屋台に隠れてその姿が一瞬、見えなくなった。
次に立ち上がった時には17歳形態のメイファンになっていた。
「久しぶりだな、アニー」
やばかった、弱点をさらけ出してた──そんな顔をしながら、冷や汗を垂らしてニヤリと笑う。
「私を殺りに来たのか?」
「肉まんだったら肉まんだっ!」
アニーがイライラしはじめた。
「肉まんを買いに来た! それだけなんだっ! わかってくれ!」
その後ろから、メガネのレンズにメタルハライドの白い照明を映して、天神光が歩いて来た。
「この女?」
しげしげとメイファンを見る。
「……変わった服装だね。胸のサイズがだぼだぼじゃん?」
Gカップの白いチャイナドレスを着たメイファンは確かに服のサイズが合っていなかった。
メイファンが黒豹のように光を睨む。
「は? 誰だよそいつ。殺すぞ?」
「僕は力が欲しい」
メガネに手を当てながら、光がメイファンを見下ろす。
「強くなりたい。……叶えてくれるか?」
「なるほど。改造希望か」
光を睨みつけながら、メイファンが笑う。
「それならばまず私を老師として敬う態度を見せろ」
「……どうすればいい?」
「褒めろ。私の尊敬できるところを見つけて褒めてみせろ」
「……かわいいね」
「具体的に言え」
「うーん……」
光は考え、言った。
「結構な美少女なのに強そうだ。美と力を兼ねそろえているなんて、なかなかない存在だと思うよ」
メイファンは頬を赤らめながら、言った。
「合格だ」




