師弟の絆を強めよう
メイファンが火鍋を作るというので、右京四郎はご馳走になって行くことにした。
陰陽を象るように曲線で二つに仕切られた丸い鍋に、真っ赤なスープと白湯スープをそれぞれに仕込み、羊肉と野菜を入れると、美味しそうな火鍋がぐつぐつと音を立てはじめる。
「メイファン老師は料理が得意なんですね」
たまらなそうに鍋の中を眺めながら、右京四郎が言う。
「まぁ……、こだわりはあるな。米の研ぎ方からして私はうるさいぞ」
「火鍋って、四川料理ですよね? 老師は四川の産まれなんですか?」
「四川に近くはあるが山奥の農村の産まれだ。ちなみに貧乏でな、産まれてすぐに捨てられた」
「捨てられた!?」
「一人っ子政策のギリギリ最後に産まれたからな。一人しか子を持つことが許されなかったので、障害のある子は産まれてすぐに捨てられることがあったんだ。産まれていきなり言葉を喋ったのがよくなかったな」
「ひどい……」
「まぁ、バケモノみたいなものだからな。両親の判断と選択は正しい。……さぁ、煮えたぞ。食え」
「あの……。ララさんは?」
「ララはダイエット中だ。あんなに無駄に胸がデカいとさすがに凹ませたくなるそうだ」
「でも少しだけでも食べたほうが……。何よりまだお会いしてないです。顔だけでも見たいな」
「うーん……。おまえにはバラしてもいいかな」
「何をです?」
「いいか? ララ」
メイファンが自分に向かって聞くと、その口がララの声で答えた。
「うん、いいよ。シロさんなら信用できる」
何のことかわからず、首を傾げている右京四郎の前で、メイファンは打ち明けた。
「じつは姉ちゃんには身体がないんだ。『気』だけの存在だ。だから妹の私と身体を共有している」
右京四郎はなおも訳がわからず、無言で目を丸くした。
「見せてやったほうが早いな。おいララ、出て来て顔を見せろ」
メイファンが言うと、同じ口がララの声で嫌がった。
「嫌よ。だってメイ、全裸じゃん! なんか着て!」
「仕方がないな……めんどくさ」
そう言いながらもメイファンは立ち上がると、クローゼットから大きめの白いチャイナドレスを取り出し、無造作に身に着けた。
「着たぞ。ちゃんと姉ちゃん用だ。出て来い」
するとメイファンの褐色の肌がみるみる白くなり、真っ黒な髪は栗色に変化し、胸はBカップからGカップに成長し、背も高くなると、目の前にはララが立っていた。そのタレ目をにっこり笑わせると、右京四郎に言う。
「どうもーっ。バケモノでぇす」
「ら……、ララさん……?」
右京四郎がさらに目を丸くした。
「な……。っていうか老師が身体を変形させてララさんになってたってことですか!? 僕を騙してた!?」
「騙してはいない」
ララの口が動き、メイファンの声で言う。
「姉ちゃんは身体がなかったのでずっと産まれずに、母親の胎内に16年もいたのだ。そこへ久しぶりに私が受胎したので、ついでに私の身体に入って、一緒に産まれて来たのだ」
唖然として右京四郎がパクパクと口を動かす。
「パクパクと口を動かすなら飯を食え」
そう言ってメイファンの声で言いながら、ララが右京四郎に鍋をよそう。
「豆腐がうまいぞ。日本の豆腐はまじでうまいな」
「つ……、つまり、今、ここには老師と僕、二人しかいないように見えて、じつは三人いるということですか」
「そうだよっ」
ララが楽しそうに笑った。
「あたし辛いの苦手だから、北京風の白いほういただくね! 開心!」
「ダイエット中なのでは……」
「あんなのメイの苦しまぎれの嘘だよ。あたし食べるの大好きなんだからっ」
メイファンの声がツッコんだ。
「それ以上胸を大きくして牛にでもなるつもりか」
「ララさんにも老師みたいな戦闘力があるんですか?」
右京四郎が聞くと、ララはちょっと言いにくそうな顔をして、羊肉をぱくりと口に入れると、言った。
「あたしには治癒能力しかないです……。でも、メイが『気』の力を使って色々出来るのは、じつはあたしという『気』だけの存在と、産まれた時から同居してたからこそなんだよっ」
「正直言うとな……」
メイファンの声が言った。
「ララに身体を交替しているこの時が、私の唯一の弱点だ。今、おまえに攻撃されたら、私はあっさりやられる。ララには戦闘力どころか運動神経もちっとも存在しないからな」
「エヘッ」と、ララが舌を出して照れ笑いする。
「そんなこと……。僕に明かしてもいいんですか?」
「貴様は私の一番弟子だ」
ララがメイファンの声で言う。
「だから信用して……というわけではにゃい。もひ貴様が誰かにこのことを話ひたら遠慮なく殺す。……まは、なんというか、師弟関係の絆を強めるためだとでも思ひぇ」
メイファンが喋っているのにララが食べるものだから言葉がところどころおかしくなっていることに、右京四郎は吹き出した。
「信用してください。誰にも喋りませんよ」
「まぁ、鍋を食え。……おいララ、紅湯のほうも食え。辛いのがうまいぞ」
「辛いのきらーい。ずっと白湯だけでいーい」
くすっと笑うと、右京四郎が羨ましそうに言った。
「仲のいい姉妹なんですね」
「まぁ……、同じ身体に住んでるからな。別居できんから仲良くするしかない」
「まぁ〜たメイったら。いつも口癖みたいに言ってるくせに。『私が愛する人間は姉ちゃんだけだ』って」
「うるさいぞ、牛女。そろそろ身体変われ。辛いの食べたい」
「はいはい。味覚も切り替えるね。あー、美味しかった」
なんだか楽しくなって、右京四郎の箸も進みはじめた。赤いスープのほうの豆腐が、メイファンの言う通り優しい具材に辛いスープが絡んで、とっても美味しいと思った。
「本当だ、うまい! 老師! これからも仲良くしてくださいね!」
メイファンは照れたように頬を赤らめ、答えた。
「死ね」




