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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第二部 ルールと秩序
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黒い悪夢と白い淫夢の無聊

 ラン・メイファンは10歳。小学校には通っていない。本国では北京大学に籍を置いているが、卒業する気がまったくなかった。


 彼女はたまには中国に帰るものの、ほぼずっと日本にいた。『C国人は日本から出て行け』というSNSの声は無視して、一年のうち300日以上は日本に不法滞在している。


 それには理由があった。



 薄暗い石造りの部屋で、唯一明るいモニターが、色とりどりの光を躍らせている。

 長い黒髪を束ねた褐色の肌の少女が、全裸でもふもふの白いクッションに座り、モニターに向き合っている。

 その手にはゲームのコントローラーが握られていた。


「メイ……」

 その口が勝手に動き、やわらかい成人女性の声で喋る。

「また電話だよ? 出なくていいの?」


 その声が言う通り、モニターと向き合う少女の傍らに置かれた黒いスマートフォンが、ずっと鳴り続けていた。


 同じ口が少女の声で答える。

「今、ゲームで忙しいんだ。あっ! そんなところに隠れてやがったか……チッ!」


「たぶんピンちゃんからだと思うよ? 国家レベルの連絡事項じゃない? 出たほうが──」


「国家主席ごときほっとけばいい。そんなことより今大事なとこなんだ」


 モニターにはカラフルなキャラクターたちがそれぞれに銃火器を手に、どこか西洋の街並みを背景にして激しい戦闘を繰り広げている。


「やっぱり『オーヴァーウォー2』は面白いな」

 メイファンが目を輝かせて言う。

「中国じゃこれ、規制されてて出来ないもんな」


 ゲームに限らずアメリカ産のものは本国ではほとんど規制され、禁止されていた。とはいえ中国産のFPSも多くあるので、これだけがメイファンが日本に留まりたがる理由とはいえない。


 メイファンの右手が白く変化した。

 メイファンの意思とは無関係にそれが動き、スマートフォンを取ると、着信ボタンを押した。


「あっ、ララ! 勝手に右手の主導権を奪うな!」

「国家主席からの電話には出ないとだめ。お姉ちゃんの言うことをたまには聞きなさいっ」


 電話口から中国語で初老の男性の声がした。

ウェイ(もしもし)、メイファンか? いつまで日本にいるつもりだ。消してほしいやつがいる。早く帰って来い』


 白い手がメイファンの口元にスマートフォンを押し当て、喋るように促す。仕方なくメイファンは電話の声に答えた。


ハイ、シー・イェンピン国家主席。今うんこ中だ。1年後にしてくれ」

『おまえのうんこは1年もかかるのか。いい加減にしろ』


「ほんとうはゲーム中で忙しいんだ。今、全世界のネットの仲間とチームプレイ中でな。せめて1戦終わってからにしてくれ」

『ゲームと国家任務とどちらが大事だと思っているんだ!』


「もちろんゲームだ」

『まさかアメリカのゲームではないだろうな? あるいは日本のか?』


「アメリカのやつだ。これがおもしれーんだ」

『……おまえは国家主席お抱えの殺し屋だ。特別に規制を解いて国内でもアメリカのネットゲームを出来るようにしてやるから帰って来い』


「嫌だね」

『クッ……! おまえというやつは……いつもいつもこの私に盾突きおって……! まぁ仕方ない。暗殺は他の者にやらせるとしよう。日本国内での工作活動は進んでいるか?』


「私がやらなくてもSNS等で戦争への動きを推進してくれている日本人がたくさんいる。中国人と付き合ったこともないくせに勝手なイメージで自動的に嫌ってくれて、かつての『鬼畜米英!』みたいなことになってるよ。嫌われるのも便利なもんだな」

『内部工作もせずに何をしとるんだ? まさか遊んでばかりいるのか?』


「兵隊を作ってるよ」

『おまえの作る戦闘人形は出来損ないばかりではないか! あんなものを作って遊んどる暇があったら帰って来い!』


「まぁまぁ……。じつは日本には強いやつがいっぱいいてな。そいつらと拳を交えることで私も成長しているんだ。大目に見てくれ」

『強い格闘家なら我が国にも五万といるだろう!』


「祖国のやつらはだめだ。演武ばかり立派で実戦には弱すぎる怪しげなインチキ野郎ばっかりじゃないか。唯一本物の強者といえるのは散打サンダーリウ白竜パイロンぐらいだ。ゆえにつまらんから帰りたくない」

『クビにするぞ!』


「クビにできるならやってみろ」

『クッ……! 本音をいうとだな、ララちゃんが恋しいのだ。ララちゃんのマッサージを受けないと私はあっという間に老化して死んでしまうぞ』


「残念だったな。ララは私と身体を一つにしている」

『だから帰って来いというのだ! ララちゃん! ララちゃんに会いたいよ!』


「じゃあな」

『あっ……! 待てっ! メイファ……』


 メイファンの手が黒く戻り、電話を切った。


 ララの声がメイファンの口を動かし、言った。

「きも……! きもきも……っ! 最後のほうのピンちゃん、めちゃめちゃキモかった!」


「ほら見ろ。電話なんか出ないほうがよかったろ?」

 メイファンはララにそう言うと、叫んだ。

「うわーっ! 電話してる間に負けてたよ! せっかく有利に進んでたのに!」


 背後で鉄の扉がギイィ……と軋む音を立てて開いた。


「老師!」


 細長いナナフシのような影を石の床に伸ばして入って来たのは、弟子の左近さこん右京四郎うきょうしろうであった。


「なんだ、シロ。もうここへは来るなと言ったはずだが?」

 メイファンは傍らに置いてあったメロンパンを取り、むしゃむしゃと食べはじめながら、呑気な声で言った。


 右京四郎は床に膝をついて座ると、深刻な顔で言った。

「お願いがあるんです」


「なんだ。はまぐりでも見たいのか」


「僕を元の姿に戻してくれるよう、ララさんにお願いしてもらえませんか」


「無理」


「……ロレたんの顔の傷は跡形もなく治せたじゃないですか! 出来るか出来ないか、聞くだけ聞いてみてくださいよ!」


「時間が経ちすぎてるし、何よりおまえをバケモノみたいにしたのはララじゃなく、私だ。その私が言うのだ。無理」


 右京四郎は四本の手で顔を押さえ、しくしくと泣きだした。それを見て同情することなどひとつもなく、メイファンが言う。


「なんだ後悔しているのか? 言っとくが、貴様は私の作った戦闘人形のうち、唯一の成功作だぞ? 誇りに思え」




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