一緒に帰ろう
伏木花子は15歳、アニーのクラスメイトである。
彼女は特に何の趣味も特技もなく、平和で平凡な人生をこれまで送ってきた。唯一人と違っているといえばやたらと勘がいいところであるが、それを駆使して宝くじを当てたことがあるわけでもなく、単に誰かを見て『あのひと、もうすぐムシャクシャした動作で道端の空き缶を蹴りそう』とか、床に置いてある段ボール箱を見て『これを退けたら虫が出てきそう』と思ったら、それが当たるという程度のものである。
「よろしくね、花子さん」
花子は初めて間近で見るエルフのような美少女の微笑みにたじろいだ。
友達になったアニーちゃんと初めて一緒に歩く帰り道、二年生のロレイン・カミュ先輩が途中から並んで歩くことになり、びっくりしたのだった。
「ま……、前々からお顔もお名前も存じておりましたっ」
花子はぎくしゃくとロレインに頭を下げた。
「ま……、まさかご一緒に帰宅することができるとは……っ。こここ光栄ですっ」
白い彫刻のような肌、陽に透き通るブロンドのロングヘアー、何よりその天使のような微笑みに、どうしても同じ生き物だとは思えずたじたじとなってしまう。
「ふふ……。アニー、早速お友達ができたのね」
その天使のような生き物が、すぐ隣で屈託のない笑顔を見せる。
「仲良くしてあげてね、花子さん。それから私とも」
「不思議ちゃんはすごく勘がいいんだっ。俺がJPの天敵だってこと、すぐに見抜いたぞっ」
その勘も、天使と猫に挟まれて歩いているとドギマギとしてしまって働かなかった。なぜロレイン先輩がアニーと一緒に帰宅するのか、見当もつかなかった。
「おっ!」
アニーがコンビニを見つけ、声をあげた。
「肉まんだっ!」
店頭に貼られたポップに『中華まん20円引き』の文字と写真があった。
それをガン見しながらよだれをじゅるじゅる垂らしているアニーを見て、花子はすぐに勘づいた。買いたいけどお金がないのだと。
「あっ。買い食いしながら帰ろっか? 私、おごるよ?」
「ほんとうかっ!?」
アニーの目が輝いた。
「おまえ、天使だなっ!」
「あ……。私はいいわ。ダイエット中だから」
本物の天使は遠慮した。
店に入ると、ちょうど店員に包丁を突きつけていた強盗がびっくりして振り返った。
アニーは包丁を取り上げ、強盗を縄で縛って退けると、笑顔で店員に言った。
「肉まん2つくれっ」
「す……、すごい、アニーちゃん」
肉まんを手に歩きながら、花子が言う。
「強盗を一瞬でやっつけちゃった。強いんだねえっ」
「俺とロレインは道場でいつも修行してるからなっ」
肉まんで口の中をいっぱいにしながらアニーがニコニコする。
「あれぐらいは朝飯前に食べるイモムシだっ」
「あの店員さん、運がよかったね」
ロレインが少し羨ましそうに二人の肉まんを見つめながら微笑む。
「それとも花子さんの勘が働いたのかしら。あのコンビニに危機が迫ってる、アニーを連れて入らなければ! って」
「そんな勘は働かなかったですー……」
花子が恥ずかしそうに肉まんを噛む。
「それにしても強盗から救ったお礼に肉まんタダにしてもらっちゃったけど……、どうせならあそこにあった肉まん全部もらっちゃえばよかったね。そうしたらロレイン先輩も食べられたのに」
「わ……、私はダイエット中……だからっ」
ロレインがその言葉を後悔するように反芻した。
「それどころか、あんな戦闘力あるならアニーちゃんが強盗になったら無敵じゃない? それこそ肉まん強奪し放題──」
花子はそこまで言って、自分の口に手を当てた。
「……あっ。なんか失言! ごめん、アニーちゃんがそんなことするわけないない」
「でも人殺しはしたことあるぞっ」
「ええっ!?」
「こら、アニー」
ロレインが横からフォローした。
「ごめんなさい、花子さん。この子、虚言癖あるから」
そう言って誤魔化すように微笑む。
3人で歩き続けた。
どこまで歩いても方向が一緒だった。
「えー? 家、近いかも?」
花子が嬉しそうに言う。
「アニーちゃんとロレイン先輩って、一緒に暮らしてるんだよね? 家、どこ?」
「ここからまだ5キロ先だっ」
「そ……、それを歩いて通ってるの?」
「それも修行なの」
ロレインが辛そうに笑う。
そのうち花子の家に着いてしまった。そこから二人はまだ4キロ以上歩くのだという。
「お、おばあちゃんに言って、車で送ってもらおうか?」
花子がそうもちかけると、二人の顔にぱあっと喜びの花が開いた。
「ほんとうかっ!?」
「なんて素敵! たまにはズルしてもいいよね!」
「あー……、あそこの山の上に道場みたいなの、あるねぇ」
花子のおばあちゃんはデミオのハンドルを握りながら、うなずいた。
「あんなとこに人が住んでるとは思わなかったけどねぇ」
「おばあちゃん、ありがとなっ!」
後ろの席に並んで二人がお礼を言う。
「たまには楽して帰れる幸せに感謝です」
花子が不思議そうに呟いた。
「それにしても……こんな道の先に人が住んでるの……?」
険しい山道を車は進んでいった。
やがて鬱蒼とした松の林の中に、黒い雲の下、ボロボロの道場らしきものが見えてくる。
カラスが騒がしく鳴き、木立の隙間から熊でも覗いていそうな土の地面の上に車を停めると、二人は車から降りたくなさそうに、もじもじしはじめた。
「さ、着いたよ」
おばあちゃんが振り返る。
「すごいとこに住んでるんだねぇ……」
花子は二人を振り向くと、ピーンと勘が働いた。
「一緒について行ってあげよっか?」
「ほんとかっ!?」
「助かる! お願い、花子ちゃん、師範代の癇癪が収まるまで一緒にいて!」
「お邪魔してもいいのかい?」
おばあちゃんはなんだかワクワクしていた。
「あたしもご一緒させてよ。道場主さんにお会いしてみたい!」
辺りに車は一台も停まっていない上、他に民家もなかったが、おばあちゃんは念のため、車にロックをかけた。
古くて巨大な木の門をアニーが重々しい音を立てて開ける。
急に重くなった足取りの二人について、花子とおばあちゃんはその後をついて入った。




