黒き女豹
勇次郎が呼んだ警察官が二人、駆けつけた。
斃れている顔面グチャグチャの男を見るなり「ヒッ」と悲鳴を小さくあげ、その場にいた小学生たちに聞く。
「な……、何があったんだね?」
「俺がぶち殺したっ」
アニーが得意げにそう言い、免許証のようなものを見せた。
すると警察官は「あぁ……」とうなずき、どこかに連絡をする。
「指宿捜査官。許可証持ちの仕事です。引き継ぎをお願いします」
五月は勇次郎の傍にへたり込み、黒尽くめの男を眺めながら呆然としていた。
「大丈夫か、オメガレッド」
そう言ってアニーが肩をぽんと叩く。
五月は少し後ずさりながら、聞いた。
「こ……、殺したの?」
「残念だがっ……」
アニーは答えた。
「死んでないっ」
「うぅ……」と、黒尽くめの男が呻いた。どうやら息はあるようだ。顔は二目と見られないものになってしまったが。
「それ……何よ?」
自慢げにアニーがずっと手に持っている免許証のようなものを、五月が目で指した。
「殺人許可証だっ。この男、これに載ってる」
そう言って、免許証とは別にリストのようなものを取り出す。
「ここに載ってるやつだから殺してもよかったんだがっ……」
「何……? それ、見せて?」
「いいぞっ」
アニーが笑顔でリストを渡した。
「こいつ、鬼袋伊蔵ってやつだ」
ペラペラとリストをめくると、最初のほうのページに黒尽くめの男の顔があった。アニーが言った通りの名前がそこに添えられている。
五月が震えながら呟く。
「で……、でも……。人を殺してもいいなんて……。そんなの日本では民間人がやっていいはずがないわ」
「アメリカではふつうだぞっ」
笑い飛ばすようにアニーが言う。
「裏では毎日やってる」
「いやいやいや……」と、小学四年生のみんなが首を横に振った。
ページをめくっていた五月の手が止まる。
「ぱ……、パパが載ってる……!」
五月の父、水星丁良の顔写真がそこに載っていたのだ。
そこへ大人の男性の声が後ろから声をかけてきた。
「やぁ、五月お嬢さん」
振り向くと見知った顔があった。無精ひげに生気のない目をした中年男性がタバコをくわえて自分を見ていた。五月はその男の名を呼んだ。
「指宿さん」
「よぉ、おまえか。アメリカから来た『小さな殺し屋』ってのは」
指宿はアニーのほうへ視線を移すと、言った。
「アニーだ。よろしくなっ!」
「ちっちゃな猫みてーで……とても強そうには見えねーけどな……。まぁ、よろしく」
「ばかにするなっ。俺はつよいぞ」
「メイファンとどっちが強い?」
「やってみなければわからんっ」
「メイファンって?」
五月が横から聞く。
「俺のおとーさんを殺したやつだっ」
アニーが答えた。
「それに載ってるぞっ」
言われてリストをめくってみるが、『め』の欄には名前がなかった。
「ないわ」
「ラン・メイファンだ。だから──『ら』っ」
五月が『ら』のページを探す間に指宿が言う。
「どうやら五月お嬢さんを襲ったこの男もメイファン絡みだよ。水星建設が受注した今度のレジャーランドの建設を阻止しようという動きを見せている」
「メイファン……」
ページを手繰りながら、五月が聞いた。
「何なの? そいつ、どんなやつなの?」
「『黒き女豹』──あるいは『黒き悪夢』の異名をもつ殺し屋だ」
タバコの煙を吐きながら、指宿が教える。
「ほんとうはこんなの機密事項なんだがな、お嬢さんは当事者だ。まぁ明かしちまってもいいだろう。その女豹があんたを狙ってるようだ。護衛をつけるよ」
五月のページをめくる手が止まった。
「これ!?」
アニーがページを覗き込み、うなずいた。
「うん、そいつだっ」
ラン・メイファンのページには浅黒い肌の中国人の女の写真が載っていた。しかし、どう見てもそれはかわいい幼女だった。
「ご……、5歳ぐらい?」
「プロフィールに書いてあるだろ。4歳だ」
指宿がタバコの煙を吐いた。
「しかし変幻自在に姿を変える。その幼さ、チート級の能力から転生者ではないかと噂されてるほどだ」
「そんなやつに……あたし、狙われてるの?」
「お嬢さんだけじゃないだろうな。標的はおそらく……水星一家全員だ」
後ろのほうで大根がびくんとなった。
「ぼ……、僕も!?」
「まぁ……俺たちが護衛する」
指宿はそう言うと、アニーのほうを見た。
「チビ、ちょっといいか?」
「おう、ちょっといいぞ」
少し離れたところに移動すると、指宿が新しいタバコに火を点け、アニーに言う。
「なぁ、おまえ。アメリカから誰を殺しに来た?」
「メイファンだっ」
「……まぁ、聞くまでもなかったな。そのメイファンが水星一家を狙ってるようだ。どうだ? おまえ、水星家のボディーガードをやってくれないか?」
「いいぞっ」
「そう言わず頼むよ。……って、承諾早っ」
「だってオメガレッドの傍で待ってたら、メイファン来るんだろっ? それにオメガレッドは俺のトモダチだからなっ」
「じゃあ早速今日から水星家で一緒に生活してやってくれ」
それを聞いてアニーが赤い髪の中からネコ耳をぴこんと立てた。そして嬉しそうに聞く。
「住むのかっ!?」
「ああ。それが一番安全だろう」
「家に……住むのかっ!」
「なんだおまえ。今までどうしてたんだ」
「家に住めるのかっ!!」
指宿の問には答えず、アニーは喜びの踊りをはじめた。それはまるでお腹を空かせていた野良猫がごはんをもらって喜びまくるような踊りであった。