乾杯
再会を祝して学校帰りに乾杯することにした。
コンビニのイートインスペースに5人で並び、それぞれに好きなソフトドリンクを片手に乾杯する。
「かんぱーい」
「かんぱーい」
みんなが無邪気に乾杯する中、勇次郎が五月にホットココアを差し出し、ウィンクしながら言う。
「君に……、完敗」
五月がキュンとして失神しかけた。
大根が隣のアニーに話しかける。
「アニーちゃん、同じクラスになれてよかったね」
「おうっ! これからよろしくなっ、でーこん」
「顔……、昔よりも傷が増えたね」
「猛獣相手に修行してたからなっ」
「猛獣って……。熊とか?」
「ライオンとかだっ。アフリカに渡って修行してたんだ。でも動物は一頭も殺してないぞっ」
「人間は殺すくせに?」
そう言って横からレモネードを飲みながら五月が話に割り込んできた。
「ところであんた……まだあれ持ってるの?」
「あれとは何だっ?」
「あれよ。あれあれ。殺人許可証とやら」
「持ってるぞっ」
アニーが懐から運転免許証のようなものを取り出して見せる。
「懐かしいなー……」
五月は6年振りに見るそれをまじまじと見つめた。
「ところでこれってロレインも持ってるわけ?」
「私は持ってないです」
ロレインが微笑みながら首を横に振る。
「私は盾だもの。闘うアニーを守るための──」
「でもさ……」
五月はレモネードを一口啜ると、言った。
「やっぱり間違ってると思う。いくら警視庁が許してたって、人殺ししていい免許みたいなものを持ってる人間がいるなんてさ」
「なんでだっ?」
無邪気な笑顔でアニーが聞いた。
「当たり前でしょ。人を殺してはいけないってのがルールなんだから。これはたぶん、日本だけのルールじゃないはずよ? 人間としてのルール。それを破ってもいいだなんて……」
「知ってるか? ルールってのはバカのためにあるんだぞっ」
「は……? 何、それ」
「バカはルールで縛っとかないと自分勝手なことをするんだっ。だから自分勝手なことをしないやつにルールは必要ないっ」
「おいおい……」
五月がアニーを横目で睨んだ。
「つまりはあんたは悪いことをしない人間だから、ルールで縛られる必要がないってわけ?」
「そうだっ!」
アニーはきっぱりとそう言って、ニカッと笑った。
五月はなんだかムカついた。
「ふふっ……」
そのむこうでロレインがアニーを信頼するような笑いを浮かべる。
「いやいや……。人間は弱いものだぞ」
勇次郎がインテリなポーズを決めながら言った。
「自分で自分を律することができるなら無政府主義は実現している。すべてが『ごめん』で済むなら警察はいらない。ついカッとなって誰かを傷つけてしまうことなんて、いくらでもあるだろう?」
「ちょっといいかな?」
少し離れて座っていた男が話しかけてきて、みんなが一斉にそっちのほうを見た。
なんだか理屈っぽそうな大学生という感じの男の人だった。やたら角ばった顔に黒ぶちのメガネをかけている。
「申し訳ない、高校生諸君。横から話を聞いていた。面白そうな話だから僕も混ぜてくれないかな?」
五月と勇次郎が少しうろたえる。
「え……」
「あ……」
「はい、どうぞ」
ロレインが微笑んだ。
「もちろんいいぞっ」
アニーが大歓迎のポーズをした。
「みんなともだちだっ! 俺は大山アニー15歳、高校一年生になった。よろしくなっ!」
「どうも」
男はぺこりとお辞儀をすると、自己紹介する。
「僕は天神光、雄州大学の二年。……ところでキミ、殺人許可証を持ってるの?」
「これだっ!」
アニーは見せびらかした。
「こらこら、アニー……」
ロレインが横から叱る。
「一般の人に見せちゃだめって言われてるでしょ」
男はしげしげとそれを見ると、何やら企むような顔をして、陰鬱に笑った。
「へぇ……。これを持ってたら人を殺してもいいわけか……」
「誰でも殺していいわけじゃないんだぞっ」
アニーは懐からB5サイズのそこそこ厚みのあるリストを取り出すと、見せた。
「これに載ってるやつだけだっ」
「こらこら」
ロレインが慌ててそれを取り上げる。
「なんでも気軽に他人に見せないのっ!」
「僕は賛成だな」
天神光はメガネの奥の目をぎょろりと動かすと、言った。
「この世の中──法で裁けない悪いやつが多すぎる。正義と秩序を守るためなら、ルール無用にそういう輩に鉄槌を下せる人間は必要なんだと思うよ」
「悪いやつって、どうやって決めるんですか?」
一番遠い席から勇次郎が天神光に言った。
「アニーの持ってるそのリストに載ってるやつだけが悪人なんですか? 結局それってルールに従ってるだけじゃん」
「そうだなっ」
アニーがどうでもいいように笑う。
「俺は従順な国家のイヌだっ」
五月がツッコんだ。
「ネコでしょ」
「そんなリストなんかいらないと思うよ……」
天神光が言った。
「アニーさんが言ってたでしょ? その通り、ルールはバカのためにあるんだ。バカは自分の頭で物事を考えて判断することができないからルールで縛る必要がある。でも、自分の頭で考え、物事を判断することができる人間なら、そんなルールなんていらない」
テーブルに置いたエナジードリンクの缶を音を立てて握り潰すと、口調を強くした。
「自分の判断で殺していい──リストに載っていない人間でも!」
「あのー……」
勇次郎が手を挙げる。
「その──バカとバカでない人間って、誰がどうやって決めるんですか?」
天神光が勇次郎を睨むように見た。
「君は自分がバカだと思うかい?」
「自己判断ですか」
勇次郎が苦笑する。
「俺はバカではないつもりですが、ルールはちゃんと守りますよ」
「……なるほどね」
天神光が顔を背ける。
「とても興味深い話だったよ、ありがとう。……あ、ところで聞きたいことがあるんだけど」
「なんだっ?」
アニーがフレンドリーに笑う。
「知ってることなら何でも教えるぞっ」
すると天神光は言った。
「都市伝説なんだが……、人間の身体を改造して強くしてくれる中国人の女の子がいるって聞いたんだ。君たち、何か知らないかい?」




