怪獣
「ロレーヌ……」
アンドレ・カミュは泣きそうになりながら、娘に語りかけた。
「おまえは反抗期なんや。どうか昔のように『パパだいちゅき』って言っておくれ」
「殺そうとしたくせに」
ロレインが父親を憎む目で見た。
「サバットの新技の実験台に──」
「あれはついつい……勢いで言ってしもうただけや。そんなことするわけあらへんがな」
「お母様のことはほんとうに実験台にしてしまわれたでしょう!?」
「おまえの母親は……。シモーヌも格闘家だったんや。あれは事故や。大体まだ小さかったおまえにはわからんことや」
「この顔の傷も……!」
ロレインが己の顔につけられた醜い傷を見せつける。
「私の友達に手を下そうとしたことも……! 許せない!」
「ワイはおまえがかわいいんや、ロレーヌ! せやからワイの好みの娘にしたかったんや!」
「お父様なんて──」
ロレインは溜めを作ると、再び言った。
「大っ嫌い!」
アンドレは1,725のダメージを受け吹っ飛んだ。
「おおぉ……」
遠くの席でコルドンブルーをむしゃむしゃと食べていたメイファンが声を漏らす。
「やはり我が子の口撃が一番効くのか」
「終わったか?」
アニーがロレインの顔を見上げ、聞く。
しかしアンドレ氏は立ち上がった。
ヨロヨロと顔を上げると、その表情からは理性が抜け去っていた。まるでモンスターのようだ。
「ぬがあああ!」
怪獣のごとき咆哮を口から上げると暴れだした。
「もう、こないな世界なんぞ破壊したるーーーッ!」
「アニー」
「ロレインっ」
二人は顔を見合わせるとうなずき合い、合体技を発動させた。
「「アニロレ・スペシャル!」」
それは互いの弱点を補いつつも、それぞれの一番強力な武器の威力を倍化させる、超超必殺技というべきものであった。
アニーのリーチの短さをロレインの長い足がカバーし、ロレインの近接戦の弱さをアニーの短い腕がフォローする。死角なしの、まさに無敵の必殺技である。
「ウガァ!」
アンドレ氏はそれをいとも簡単に払いのけた。
「あっ」
アニーが気の抜けた声を出す。
「きゃっ!」
ロレインが転んだ。
「うわ……。あれはヤバいな」
遠くの席でデザートのマドレーヌをもぐもぐ食べながら、メイファンが言った。
「あれはもはやアンドレ・ザウルスだ。人間やめてる」
その口が勝手に動き、ララの声が言った。
「助けに行こう、メイ!」
「いや、たぶんレールガンに変身しても勝つのは無理だな。握り潰される。わかるだろ? 私はたとえ鉄に身を変えてもじつはとってもやわらかいんだ」
「確かにふにふに……。じゃ、どうすんの!?」
「ハハハ……。逃げるか」
メイファンはそう言いながら新たにフィナンシェを手に取った。
「まぁ、しばらくここから見物しよう。ここの料理はうまい。味覚を切り替えてやる。味わえ」
「あっ……!」
ララの声がとろんとなった。
「ほんとだ……。美味しい……」
「そこまでだ!」
指宿捜査官が警官隊を引き連れて駆けつけた。
数十人の特殊部隊が盾を前に置き、銃を構える。
「アンドレ・カミュ! 威嚇業務妨害及び児童虐待の罪で逮捕する! 大人しくお縄をちょうだいしろ!」
「ハハハ!」
しかしアンドレ氏は狂っていた。
その暴力は止まることなく、警官隊を見るとまるで手負いの獣のごとく口をおおきく開けて襲いかかってきた。
「仕方がない……。撃て!」
指宿の号令とともに警官隊が発砲する。
その弾丸をすべて手で払いのけ、アンドレ氏は前進してきた。
警官隊の絶叫が別荘地の空にこだまする。並んだ盾をドミノのように薙ぎ倒すと、怪獣が吠えた。
指宿が怯む。
「こ……、こりゃ手に負えん!」
メイファンが笑う。
「やっぱり逃げるか」
ララがうっとりした声で言う。
「もうちょっと……食べたい〜……」
ロレインが呆れて叫ぶ。
「お父様! 最低!」
「おっ?」
アニーが空に何か見つけた。
「あれはなんだっ!?」
空から巨大なものが落ちてきた。
ジャンボジェット機だ。
それは轟音を立ててアンドレ氏の別荘に突っ込んで止まった。
機内から先に脱出していたらしき男がくるくると宙返りをしながら降りてくる。
だん! とけたたましく着地音を響かせ、眉毛のない大男が笑う。
「はーっはっは! アンドレよ、やっておるようだな! ワシも混ぜろ!」
ボロボロの空手着に身を包んだその中年男の姿を見て、アニーが驚きの声をあげた。
「クソ親父っ!」
そして無惨な姿になった旅客機を見て、殺気をメラメラと立ち昇らせる。
「何やってんだ!」




