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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
33/66

口撃

 婦人警官の巨体が空から降ってきた。

 それは地響きを立てて芝生の地面に穴を穿ち、爆炎のように煙をあげると、動かなくなった。


 澄香が対戦相手への礼儀として頭を下げ、低く言った。

「押忍」


 その表情は険しく、無愛想だが、やっと勝てた、用心棒としての仕事を果たせたという喜びが隠せていなかった。


 五月は地面に手をつき、へたり込んだ。

 また守られてしまった、自力で勝つことができなかったという悔しさと、殺されずに済んだことに安堵する気持ちが複雑に混ざり合っていた。


 2階から婦人警官が、大根の手を繋いで下りてきた。


「ご……、ごめんなさい。まさかともえが刺客だったなんて……!」

 相棒の失態を取り繕うように口を動かす。

「……そっ、それにしても……犯人はどうしてあなたたちを狙うのかしら。ラン・メイファンでも大山バスタードでもないなら、一体犯人は誰なのかしら……」


「アンドレ・カミュっておじさんよ」

 札束を何度も数え直していた青野あおのひさぎがあっさり言った。



 ▣ ▣ ▣ ▣



 メイファンは結婚式場の席に座ってビュッフェの料理を食べていた。


「ウーム。このエスカルゴ、うまいな。さすがは本場というべきか」


 食べながら、その口がララの声で喋る。

「メイっ! アニーさんがピンチよ! 助けに行かないの?」


「一人ずつだ。あいつがやられたら私が次に闘う」


「一緒に闘えばいいじゃない!」


「わかっとらんな、姉ちゃんは。そんなことをしたらアニーは怒るぞ」


「わけわかんない! 戦士のプライドとか、そんなの? 勝つことこそがすべてじゃん!?」


「違う。あいつの相棒は私ではないということだ」

 メイファンは少し遠くに復活したらしいウェディング・ドレス姿の戦士の姿をチラリと眺めると、肉まんを頬張った。

「うわっ……。なんだ、この肉まん。まるでブリオッシュじゃないか。フランス人は中国の食文化を何も理解しとらんな」



 アニーは学習していた。小さき者が巨大な敵に勝つ術を。

 リーチのとても短いその身体で勝つために、超接近戦に特化した『お姫さま抱っこ拳』を自ら編み出した。敵に抱っこされるほど超接近してしまうリスクを補うために、全身をハリセンボンのようにして身を守る『アニー・スペシャル』も身につけた。

 しかしそのどちらもがアンドレ・カミュには通用しなかった。


「ククク……。このまま締め殺してやる」


 アニーを抱っこするアンドレの腕にムキムキと力が入る。


 しかしアニーは新たに学習していた。小さき者がムキムキな者に勝つ術を──


「おい、おっちゃん」

 小馬鹿にするような目をして語りかけた。

「おっちゃんの顔って、ぶさいくだなっ」


 あの馬場勇次郎と青野楸との試合で学習したのだ。口による口撃は、時に拳による攻撃をもしのぐことを。


 しかし口下手だった。


「ぶちゃいくだ! ぶちゃいくがいるぞーっ! プププププ! ぶちゃいく!」


 アンドレ氏は一瞬だけぽかんとしたが、構わず締め殺しにかかった。


 遠くの席で目玉焼きを挟んだガレットを食べながら、メイファンが言った。

「なんて下手くそな口撃だ」


「うさぎさんっ!」


 ロレインの声とともに、アンドレ氏の前にうさぎさんが出現した。


 アンドレ氏をしのぐのっぽのうさぎさんが立ち上がり、アニーに代わって口撃を開始する。


「やぁ、アンドレ氏。お久しぶりですな。悪いですがアニーさんは返していただきますよ。あなたなどこの私にとってみれば子どものようなものだ。見てください、この身長差」


 うさぎさんの言う通り、アンドレ氏は198センチ、うさぎさんは245センチ──見下されていた。


「ロレーヌよ……」

 アンドレ氏はうさぎさんを無視してロレインに言った。

「……なぜ、おまえの使役するこのうさぎのバケモノまで……こんなにガリガリなのだ」


 アンドレ氏の言う通り、うさぎさんは身長こそバカ高いが、体型はヒョロガリだった。


「そんなにヒョロガリが好きかーーーっ!」


 アンドレ氏の剛腕による連打がうさぎさんの痩身に突き刺さる。

 うさぎさんは血反吐を迸らせながら、それでも立っている。


「うさぎさーんっ!」

 ロレインが泣いた。

「お願い! 耐えて!」


「ほう……?」

 アンドレ氏は攻撃の手を止めると、それでも立っているうさぎさんの顔を見上げた。

「なかなかの根性やないか。ヒョロガリのくせに」


「ぶぶっ……、アンドレさん……」

 うさぎさんが血を吐きながら言った。

「私はロレイン様の忠実なる下僕……。ロレイン様の大事なものを守り通すまでは倒れま──」


「ふんっ!」

 アンドレが合わせたてのひらから剛掌波のようなものを放ち、うさぎさんを消し飛ばした。


 ふと見るとその腕に捕らえていたアニーがいない。立ち塞がるロレインのほうへ目を移すと、その胸に猫のように抱っこされていた。


「お父様……」

 アニーの背中を撫でながら、ロレインが詰るように言う。

「昔のお父様は……お優しかった」


「今でも変わっとらんやろ?」

 アンドレが娘に威厳を見せつける。

「ワイはおまえの優しい父ちゃんや。何が変わったいうねん?」


「──なぜ、水星建設のレジャーランドのお仕事を邪魔するのですか?」


「フン……。わかれや。おまえのためや」


「私の……ため?」


「おまえ、ちっちゃい時に言ってたやろ?」

 アンドレ氏が目を細め、幼少時のロレインの声真似をする。

「『パパー、わたち、ラビットランドが大好き! パパがラビットランド買ってくれたら嬉ちぃな!』って。覚えとらんか?」


「……そんなことのために?」


「ワイの野望はあのレジャーランドをワイの手で建設することや、おまえのためにな! 日本のサルなんぞにやらせてたまるか! その上でおまえがムキムキになって、ワイの選んだ婿はんと結婚してくれればもう、何も望むことはないんや」


「そんな……。そんな……」


 わなわなと震えている娘を見て、アンドレ氏が微笑む。愛情にあふれた親心に感動しているものと思ったのだ。


「どうや、ロレーヌ」


「そんな……」


「お父ちゃんのこと、昔みたいに大好きになってくれたやろ?」


「お父様なんて……」


「ん?」


「大っ嫌い!」


 アンドレ氏は730のダメージを受けた。




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