強敵
アニーの拳がアンドレ・カミュの顔面を何発も打った。
その傷だらけの顔がさらに傷を増し、アンドレ氏はよろけ、後ろに倒れるはずだった。
「効かんの」
傷だらけの顔面は岩のように硬く、アニーの拳を逆に砕いていた。
「……うにゃ!?」
アニーが砕けた自分の拳を見る。
アンドレ氏は抱っこしているアニーをさらに強く抱き締めた。
「このまま全身を砕いてほしいか? それとも……」
アニーは超必殺技を使った。
「アニー・スペシャル!」
アニーの全身の体毛が針のように固くなり、逆立った。アンドレ氏は全身を針に貫かれ、流血するスポンジのようになるはずだった。
しかしその肉体はあまりに硬かった。
「わしゃあ、医者に嫌われるんよ」
アンドレが面白くもなさそうに言った。
「何しろ注射しよう思うても、注射針が刺さらず折れてしまうでのう……」
「くっ……!」
アニーは引き続き正拳突きを猫パンチの速度で繰り出した。砕けた拳の痛みになど構わず、必死で打ち続けた。
「そのリーチの短さではそれしか出来んやろな……」
すべての正拳突きをまともに受け止めながら、アンドレがアニーを睨みつける。
「悲しいかな……9歳のガキんちょ」
ロレインはアニーの闘いを見ながら、動けずにいた。
右京四郎の介抱をしながら、悔しそうに歯を食いしばる。
「シローさん……」
彼を抱き起こしながら、言った。
「私のウェディング・ドレスを脱がせて!」
「ひえぇっ!?」
右京四郎が驚きに固まる。
「そ……、それはなぜ!?」
「これの下に着せられた拘束具のせいでうまく身体が動かせないんです。私はアニーの盾! 盾になりたいのに……なれない! 早く脱がせてください!」
「な……、なるほど……。しかし、これ、どう脱がせれば……」
「ここにファスナーがあります! 早く!」
身体の横についているファスナーを右京四郎が下ろすと、まるで拷問器具のような革の拘束具を着たロレインの姿が現れた。
「これを脱がせて! 自分じゃ脱げない!」
ロレインが背中を向け、右京四郎にお願いする。
「で……、でも……。これを脱がせたらロレたん……」
「下には何も着ていません! でも……」
振り向いてロレインが信頼するように微笑む。
「シローさん、私をお嫁さんにもらってくれるんでしょう? そんな人になら、すべて見せても構わないです」
右京四郎が男として立ち上がった。
彼女を優しくエスコートするように、何箇所もつけられた拘束具のベルトを解いていく。
すべてのベルトを外すと、ロレインが真っ白になった。
右京四郎の鼻から赤黒い血が流れた。
「ありがとう、シローさん!」
ロレインは再びウェディング・ドレスを適当に纏うと、前へ踏み出した。
「これで闘えます!」
▣ ▣ ▣ ▣
「ホホホホ!」
巨漢の婦人警官、卍巴が高笑いする。
「お嬢ちゃん! あなた、あたしに敵うとでも思ってるの!?」
「やってみなければわかんないでしょ」
五月が愛鞭『クイーン』を打ち鳴らす。
「少なくともあたしは勇次郎よりは強い!」
昔、幼い頃は勇次郎が自分を守ってくれた。
それではいけないと強くなった。
いつの間にか勇次郎よりも強くなっていた自分に今、できることは、勇次郎を守ることだ──そう五月は思っていた。
しかし地面に這いつくばった勇次郎が、五月の言葉のひとつひとつに今、深く傷ついていることなどには気づいてもいなかった。
五月が鞭を振る。
しかし気をつけていた。
相手は剛の者だ。あのスモウ・レスラーとの闘いが脳裏に蘇る。
相手に巻きつけては駄目だ。それでは絡め取られ、引き寄せられ、捕らえられてしまう。
慎重に、敵の肉を打つことに専念した。巻きつけないように、鞭の先端で執拗にその肉体を打つ。
しかしその鋼の肉体には、表面に薄い傷をつけるぐらいしか出来なかった。
「チィッ!」
「どうしたの、お嬢ちゃん?」
巨漢の婦人警官は弄ぶように笑いながら、じりじりと近づいてくる。
「あたしに勝てるんじゃなかったの?」
いくらムキムキといえど、顔に鞭を当てれば痛がるはずだった。しかし丸太のような腕に防がれて、顔に攻撃をヒットさせることができない。
どんどんと敵が間合いを詰めてくる。
後ろはもう自分の家の壁だった。
掴まえられたらその怪力で、自分の細い身体などバキバキに砕かれてしまうだろう。
五月は祈った。
助けに来てくれる人がいることを、期待した。
あのスモウ・レスラーが現れて、巨漢の身体どうしをぶつけ合ってくれることを願った。
しかし彼に自分を守る義理はない。
『でも……。強者の匂いを嗅ぎつける能力があるって言ってたじゃない?』
『こんな強者が出現してるのよ? 嗅ぎつけて来なさいよね』
そこまで考えて、五月は自分が誰かに守られたがっていることに気づく。
『だめよ……。誰も助けてはくれない』
『自分の力でなんとかするしかないのよ』
『あたしは誰? あたしは……水星五月よ』
『日本の女王となるべき存在! これしきの危機をなんとかできずして、女王を語る資格なしッ!』
五月が前へ、飛んだ。
『間合いに飛び込んで、顔面に鞭を巻きつけ、一気に接近してからの顔面にパンチの連打! そして顎を蹴りで砕いてやるッ!』
気づいていた。この婦人警官、パワーは凄いが、スピードはない。あのスモウ・レスラーのほうがスピードでは上だ。
ならば自分にも勝ち目はある。そう、思ったのだったが……
卍巴の丸太のような腕が、飛んで来た蚊でも追い払うように、五月の身体を吹き飛ばした。
「五月ーーっ!」
地面に這いつくばっていた勇次郎が叫んだ。
「おまえが死んだら俺も死ぬーーっ!」
五月が激しく芝生に身体を打ちつける。
きっと骨が何本か折れた。
それでも身を起こし、卍巴を睨みつける五月の前に、誰かが立った。思わず五月が声をかける。
「あんた……回復したの?」
「15分でボクは回復する」
白い空手着姿の大山澄香が、五月を守って立ち、卍巴を睨み上げていた。
「ホホホ!」
卍巴が侮って笑う。
「あんた、青野と闘う前からヘロヘロになってた坊やじゃないの。あたしとやろうっての?」
五月はアニーが言っていたことを思い出した。
スミカは1分間だけなら、アニーよりも強い。
「大山流──龍の滝登り拳!」
雷のごとき音が鳴り響き、ジャンプしながらのアッパーが顎にヒットし、卍巴の巨体が空へ浮き上がった。




