規格外
アンドレ・カミュは機関銃を取り出した。
メイファンが思わずツッコむ。
「な……! どこからそんなものを──!」
アンドレ氏は有無を言わせず発砲した。
蜂の巣を産む暴力の音が結婚式場にこだまする。
「ララ!」
「任しとき!」
メイファンの手首から先が一瞬にして白くなった。
弾丸を撃ち尽くしたアンドレ氏が機関銃を放り投げ、歩きだす。
芝生を踏み荒らしながら硝煙の中へ入って行くと、『白い手』でバリアを張っていたメイファンへまっすぐ近づいた。
その胸ぐらを掴むと持ち上げ、顔を突き合わせる。傷だらけの中年オヤジの顔と、浅黒い肌の17歳の少女の顔が接近した。
「オドレ……よう見るとかわいいツラしとるの」
アンドレ氏が余裕の薄笑いを浮かべながら言う。
「せやけどそないな綺麗な顔、闘う者の顔ちゃうな。傷ひとつないとか笑かすな」
ニヤリと牙を剥くと、メイファンの頭部が機関銃の銃口に変わる。
「死ね、筋肉バカ」
至近距離からの連射が即座に開始された。
しかし弾丸はすべてアンドレ氏の頬をかすめて外れた。相変わらずの余裕の表情から笑いだけを消し、メイファンを見下す。
「ワイの顔がなんで傷だらけなんかわかっとんのか」
アンドレ氏がメイファンの頭の機関銃を手で握る。
「そんだけ死地を潜り抜けて来たっちゅうことや。こんぐらいの危機はもうワイにとって危機でもなんでもないわ!」
素手で鉄を握り潰す。
「ぐわあぁっ!」
メイファンは声をあげると身体を液体に変化させ、アンドレの手から逃れた。その顔からは激しく流血している。
「メイの顔に傷ひとつなくて綺麗なのはね──」
メイファンの口がララの声で言う。
「あたしがいるからよ! けっして死地を経験してないわけじゃないわ!」
メイファンの顔の傷がみるみる治りはじめた。何事もなかったように綺麗な顔に戻る。
「フン。二心同体か……」
アンドレは面白くもなさそうに言った。
「聞けばオドレ、16歳になるまで産まれずに、母親の胎内におったそうじゃのう。……バケモノが」
「バケモノはあたしよ! メイのことを悪く言うな!」
「……おしゃべりしてる場合じゃない、ララ」
メイファンが口の主導権を取り戻し、自分の中の姉にツッコんだ。
「このオヤジ……私たちの秘密を知ってやがる。ここで消しておかねば後々の仕事に支障が出る」
「誰かに依頼されたか? ワイを消せと?」
アンドレ氏がその剛脚を振り上げた。
「他人に依頼されなければ人も殺せん軟弱者が。ワイみたいに依頼する側になってから殺しに来い」
大型重機級の踵落としがメイファンを襲う。
あまりの威圧感とスピードに、逃げるのが遅れた。
「ム?」
アンドレ氏の動きが止まった。
「オーヤマんとこのガキか……」
「俺の拳は痛いぞっ」
いつの間にかアンドレ氏の腕に抱っこされていたアニーが、勝ち誇ったように笑う。
「はずしようもないしなっ!」
至近距離から無数の正拳突きが、すべてアンドレ氏の顔面に命中した。
▣ ▣ ▣ ▣
馬場勇次郎は水星邸の前庭で、巨漢の婦人警官と対峙していた。その後ろでは木の陰に隠れて青野楸が札束を数えている。
「50万……確かにあるわ! きゃー……これで何買おう。とりあえずゲームで課金しまくれるわ」
独り言を呟く楸と幼なじみの五月を背中に守り、勇次郎は胸筋を見せびらかした。
「やめておけ。所詮おまえは女……。俺に勝つことなどできん」
「ギャハハ……」
巨漢の筋肉ムキムキ婦人警官卍巴が笑い飛ばす。
「男なんてうんこしか産めねーじゃねーか。女は新しい命を産み出すことができるんだよ」
「それが戦闘と何の関係がある?」
「やってみればわかんよ。かかってきな」
「男は女を守るもの。女は男に守られるものだ」
勇次郎は剛腕を振り上げると、卍巴に抱きつきにかかった。
「俺は女は殴らん! おまえも女であるからには、抱いてひれ伏せさせるのみっ!」
「おまえみてーなインチキ筋肉男にあたしがほだされるとでも思ってんのかバーカ」
卍巴も勇次郎を抱き返した。
「あたしの抱擁力で男なんか骨抜きにしてやんよ」
二人は抱き合った。
永遠のごとき一瞬を抱き締め合った。
「がはあ!」
血を吐いたのは勇次郎のほうだった。
ギリギリと締めつける卍巴の腕の力に、勇次郎のニセモノの筋肉がどんどんと剥がされていく。
「強く逞しい子を産むのが女の使命なのさ」
卍巴は締めつける力をさらに増しながら、勇次郎を絶頂へ導く。
「あんたごときひ弱な男の子なんぞ、あたしの敵ではなかったわね」
ばしゃあっ!
水風船が破裂するように、勇次郎の纏っていた筋肉が弾け飛んだ。
ひ弱な元々の体格をあらわにすると、そのまま芝生の上に倒れ込む。
「ふふふ……坊や、ちっともよくなかったわよ」
勇次郎を足で転がすと、卍巴が五月を遠くに睨みつけた。
「女を同等の戦士として認めず『女は殴らん』なんて差別する男なんて、こんなものよ。……さぁ、お嬢ちゃん。騎士さまは守ってくれなかったわ。あんたにあたしが倒せるかしら?」
「さ……、五月……」
勇次郎が弱々しく口を動かす。
「す……、すまん……。やられちまった」
五月は愛鞭『クィーン』を取り出すと、卍巴を睨み返し、言った。
「想定内よ」




