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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
31/66

規格外

 アンドレ・カミュは機関銃を取り出した。


 メイファンが思わずツッコむ。

「な……! どこからそんなものを──!」


 アンドレ氏は有無を言わせず発砲した。

 蜂の巣を産む暴力の音が結婚式場にこだまする。


「ララ!」

「任しとき!」


 メイファンの手首から先が一瞬にして白くなった。


 弾丸を撃ち尽くしたアンドレ氏が機関銃を放り投げ、歩きだす。

 芝生を踏み荒らしながら硝煙の中へ入って行くと、『白い手』でバリアを張っていたメイファンへまっすぐ近づいた。


 その胸ぐらを掴むと持ち上げ、顔を突き合わせる。傷だらけの中年オヤジの顔と、浅黒い肌の17歳の少女の顔が接近した。


「オドレ……よう見るとかわいいツラしとるの」

 アンドレ氏が余裕の薄笑いを浮かべながら言う。

「せやけどそないな綺麗な顔、闘う者の顔ちゃうな。傷ひとつないとか笑かすな」


 ニヤリと牙を剥くと、メイファンの頭部が機関銃の銃口に変わる。


「死ね、筋肉バカ」

 至近距離からの連射が即座に開始された。


 しかし弾丸はすべてアンドレ氏の頬をかすめて外れた。相変わらずの余裕の表情から笑いだけを消し、メイファンを見下す。


「ワイの顔がなんで傷だらけなんかわかっとんのか」

 アンドレ氏がメイファンの頭の機関銃を手で握る。

「そんだけ死地を潜り抜けて来たっちゅうことや。こんぐらいの危機はもうワイにとって危機でもなんでもないわ!」


 素手で鉄を握り潰す。


「ぐわあぁっ!」


 メイファンは声をあげると身体を液体に変化させ、アンドレの手から逃れた。その顔からは激しく流血している。


「メイの顔に傷ひとつなくて綺麗なのはね──」

 メイファンの口がララの声で言う。

「あたしがいるからよ! けっして死地を経験してないわけじゃないわ!」


 メイファンの顔の傷がみるみる治りはじめた。何事もなかったように綺麗な顔に戻る。


「フン。二心同体か……」

 アンドレは面白くもなさそうに言った。

「聞けばオドレ、16歳になるまで産まれずに、母親の胎内におったそうじゃのう。……バケモノが」


「バケモノはあたしよ! メイのことを悪く言うな!」

「……おしゃべりしてる場合じゃない、ララ」

 メイファンが口の主導権を取り戻し、自分の中の姉にツッコんだ。

「このオヤジ……私たちの秘密を知ってやがる。ここで消しておかねば後々の仕事に支障が出る」


「誰かに依頼されたか? ワイを消せと?」

 アンドレ氏がその剛脚を振り上げた。

「他人に依頼されなければ人も殺せん軟弱者が。ワイみたいに依頼する側になってから殺しに来い」


 大型重機級の踵落としがメイファンを襲う。

 あまりの威圧感とスピードに、逃げるのが遅れた。


「ム?」

 アンドレ氏の動きが止まった。

「オーヤマんとこのガキか……」


「俺の拳は痛いぞっ」

 いつの間にかアンドレ氏の腕に抱っこされていたアニーが、勝ち誇ったように笑う。

「はずしようもないしなっ!」


 至近距離から無数の正拳突きが、すべてアンドレ氏の顔面に命中した。



 ▣ ▣ ▣ ▣



 馬場勇次郎は水星邸の前庭で、巨漢の婦人警官と対峙していた。その後ろでは木の陰に隠れて青野あおのひさぎが札束を数えている。


「50万……確かにあるわ! きゃー……これで何買おう。とりあえずゲームで課金しまくれるわ」


 独り言を呟く楸と幼なじみの五月を背中に守り、勇次郎は胸筋を見せびらかした。


「やめておけ。所詮おまえは女……。俺に勝つことなどできん」


「ギャハハ……」

 巨漢の筋肉ムキムキ婦人警官(まんじ)ともえが笑い飛ばす。

「男なんてうんこしか産めねーじゃねーか。女は新しい命を産み出すことができるんだよ」


「それが戦闘と何の関係がある?」

「やってみればわかんよ。かかってきな」


「男は女を守るもの。女は男に守られるものだ」

 勇次郎は剛腕を振り上げると、卍巴に抱きつきにかかった。

「俺は女は殴らん! おまえも女であるからには、抱いてひれ伏せさせるのみっ!」


「おまえみてーなインチキ筋肉男にあたしがほだされるとでも思ってんのかバーカ」

 卍巴も勇次郎を抱き返した。

「あたしの抱擁力で男なんか骨抜きにしてやんよ」


 二人は抱き合った。


 永遠のごとき一瞬を抱き締め合った。


「がはあ!」


 血を吐いたのは勇次郎のほうだった。

 ギリギリと締めつける卍巴の腕の力に、勇次郎のニセモノの筋肉がどんどんと剥がされていく。


「強く逞しい子を産むのが女の使命なのさ」

 卍巴は締めつける力をさらに増しながら、勇次郎を絶頂へ導く。

「あんたごときひ弱な男の子なんぞ、あたしの敵ではなかったわね」


 ばしゃあっ!


 水風船が破裂するように、勇次郎の纏っていた筋肉が弾け飛んだ。

 ひ弱な元々の体格をあらわにすると、そのまま芝生の上に倒れ込む。


「ふふふ……坊や、ちっともよくなかったわよ」

 勇次郎を足で転がすと、卍巴が五月を遠くに睨みつけた。

「女を同等の戦士として認めず『女は殴らん』なんて差別する男なんて、こんなものよ。……さぁ、お嬢ちゃん。騎士さまは守ってくれなかったわ。あんたにあたしが倒せるかしら?」


「さ……、五月……」

 勇次郎が弱々しく口を動かす。

「す……、すまん……。やられちまった」


 五月は愛鞭『クィーン』を取り出すと、卍巴を睨み返し、言った。


「想定内よ」





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