我が名は勇次郎
勇次郎が変身ポーズをキメる。
「さぁ、リベンジを始めよう──変身!」
まばゆい肉に勇次郎の身体が包まれる!
「ま……、またそれ!?」
五月がツッコんだ。
「仕方がないだろう。俺はメイファン老師と違ってこれにしか姿を変えられないんだ。マッスル・勇次郎!」
モコモコの筋肉の鎧に身を包まれた勇次郎の姿は、見た目のわりにあまり強そうには見えなかった。
不安そうに五月が言う。
「やっぱり……あたしが行こうか?」
「任せとけって。おまえは俺が守ってやる」
「うーん……。やっぱりあたし行くわ」
「お願いです! 守らせてください!」
そんなやりとりをしている間に暗殺者は窓のすぐ下まで近づいて来ていた。勇次郎の姿を認めると鼻で嗤い、挑発する。
「オマエかよ、オトコの屑。さっさと降りて来い。あたしのこと、ちょっとは満足させられるように成長したんだろうな?」
勇次郎は窓から顔を出すと、すぐに引っ込めた。飛び降りようと思ったのだが、2階から見下ろすと結構高かったのだ。
玄関へ向かって階段を下りる勇次郎の後を五月が追いかける。
「ねぇ! あの女、今度は殺す気で来てるみたいよ? あんたじゃ無理だって」
勇次郎は振り向くと、親指を上に向け、言った。
「俺を誰だと思ってる? 俺だぜ?」
玄関の扉を開けると、青野楸がニヤニヤと笑っていた。
「よく出て来た。根性だけは認めてやんよ」
勇次郎は胸を張り、言った。
「さぁ、闘いを始めよう」
楸は構えもせず、ニヤニヤ笑いなから、口撃を開始した。
「幼女に貰った力で闘うとか、恥ずかしくねーのか」
「恥ずかしくないっ。五月を守るために貰った力だ」
「自分の力で強くなったんじゃねーんだよな? 他力本願か」
「それの何が悪い? すべては五月を守るためだ」
勇次郎が前へ進む。
たじろがないその姿に楸が少し焦りはじめた。後ろの五月に向かって声をかける。
「おい、あんたも言ってやれよ。こんなみっともねーガチムチ姿好きじゃねーってよ?」
五月はキッと睨みつけると、言った。
「こうなったら勇次郎を信じる! 彼はあたしの王子様だもの!」
勇次郎の戦闘力が3倍になった。
「チッ!」
楸が構えた。口撃を続けながら攻撃も始めた。
「自分一人の力じゃなんにもできねーくせによぉッ! あたしはこれ身につけるために血の滲むような努力したんだ! てめーは何を努力した!?」
勇次郎は飛んで来る刃を腕ではねのけながら、答えた。
「いつも強くなる妄想をしていた!」
「妄想だけじゃねーか! 実際にはチート能力貰っただけのへっぽこじゃねーか!」
勇次郎はどんどん激しくなる連続攻撃を胸筋で弾き返しながら、叫んだ。
「俺のことはどうでもいい! 五月を守れさえするなら、俺はどんな誹謗中傷にも耐えてみせる!」
「つ……、強くなった……コイツ……」
楸の胸がキュンとした。
「聞けッ! 我が名は勇次郎ッ! 馬場勇次郎だ!」
「ひゃ……、ひゃあああ!」
楸がぺたんと尻餅をついた。
王子のようにその前に片膝をつくと、勇次郎はもちかけた。
「50万で雇われたのか、おまえ。どうだ? 俺が代わりに50万出してやる。それで手を打たないか?」
楸は唇を震わせ、聞いた。
「そ……、そんなカネ、おまえに出せんのかよ?」
「俺のパパは金持ちだ。パパに頼んで出してもらう」
「か……、金持ちなのか。……それにしても、なぜあたしに手を出さん?」
「女は殴らん。カネで五月から手を引いてくれ」
楸が土下座をするように地面に手をついた。
「ま……、負けた」
「うおおォッ! 俺の勝利だ!」
勇次郎がムキムキの両腕を振り上げた。
「五月を守ったぞおぉッ!」
その後ろでぽかんと口を開けていた五月が、くすっと笑った。そして呟く。
「なんとも……勇次郎らしい勝利ね」
その闘いを2階の窓から二人の婦人警官が眺めていた。
一人が言う。
「ふぅ……。なんとかあたしたち、何もしないで済んだわね」
もう一人は何も言わず、不機嫌そうに闘いの決着を見つめていた。
しかし歯ぎしりをひとつすると、窓枠に手をかける。飛び降りるつもりに見えた。
「ちょっ……! ともえ?」
相棒の婦人警官がうろたえた声を出すのにも関わらず、ともえと呼ばれた婦人警官は飛び降りた。
飛び降りながら、その中肉中背のスタイルがみるみるムキムキマッチョに変わる。
地響きと砂煙をあげて着地した時、そこには金剛力士のごとき巨体の婦人警官が姿を現していた。
「あっ!」
五月がその見覚えのある姿に気づき、声をあげる。
「あなたは……! あの、金網の中で……中国拳法の老人と闘ってた──」
「卍巴よ!」
婦人警官が悪鬼のようにニヤリと笑う。
「覚えてるかしら? 幼女があたしのこと、『素手でスカイツリーを引っこ抜けそう』って言ってたのを?」
「し……刺客だったのか?」
勇次郎が背中に五月を守る。
「五月を警護してるふりをして……、じつは内部から暗殺を計ろうとしていたんだなッ!?」
「筋肉勝負と行きましょうよ」
卍巴がべろりと舌なめずりをした。
「言っとくけど……! あたしにお金の力は通用しないわよ! ワイロとか大嫌いだもの!」
「でっ……、でも……。おまえも50万で雇われたんじゃないのかッ!?」
「そうよ。でもお金なんかどうでもいいの。あたしは自分の力を試したいだけよ! 行くわよ……ふんッ!」
卍巴はしこを踏むと、突進して来た。




