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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
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醜いものたち

 顔面を無残な姿にされ、JPが落ちて行く。

 右京四郎に殺す気まではなかった。追いかけて飛ぶと、JPをお姫さま抱っこする。

 JPの身体が軽くて助かった。ムキムキの重量級だったらそのヒョロガリの腕はポッキリと折れていただろう。


 地面に降りると右京四郎はJPを無造作に放り投げた。

 結婚式の参列者たちだろう、綺麗な身なりをしたムキムキの男女たちが振り返る。


 その向こうにロレインがいた。

 隣に並んだゴリラのような顔の、純白のスーツに身を包んだ三十代男に肩を掴まれている。


 こちらを見たロレインの顔が驚きに変わる。


 その口が自分の名前を呼んだ。

「シローさん!?」


 気づかないでほしかった。こんな醜い姿に変えられた自分のことは、知らないバケモノだと思って見てほしかった。そう思いながらも、右京四郎は高揚した。自分だと気づいてくれたことが、嬉しかった。


「なんだ、てめーは? バケモノかよ」

 新郎のジュリアンが凄む。

「おい! カミュ家の用心棒ども! へんなのが空から降りてきた! 退治してくれ!」


 周りのゴリラたちが一斉に銃を取り出した。

 右京四郎はそれどころではなかった。こちらを見つめているロレインの顔の傷に釘づけだった。

 ロレインの左の額から右の頬にかけて一筋のおおきな傷が走っている。

 右京四郎の中で、いたたまれない気持ちが音を立てて爆発した。


「手を挙げろ!」

 用心棒たちがフランス語で口々に言う。

「動くと撃つぞ!」

「いや……あんなバケモノ、さっさと撃ちゃいいんじゃ……」


 瞬殺だった。


 声もあげずに、用心棒たちはその場に倒れていた。右京四郎の四本の手はフランスパンのように伸び、全員の急所に当て身を入れていた。


「おいおい……。なっさけねーな!」

 ジュリアン・ゴリアーテが呆れた声を漏らし、両拳を前へ突き出す。

「こんなバケモノに何やられてやがんだ」


 右京四郎の右腕が伸び、ジュリアンの額にちょんと触れた。


「ぐ……、ぐわあぁ……」

 断末魔を漏らし、ジュリアンはその場に倒れた。


 周りの邪魔者はすべて大人しく倒れた。右京四郎はロレインと距離を置いて見つめ合う。


「シローさん……」

 ロレインが微笑んだ。

「助けに来てくれたんですね」


「あんまり見ないで」

 右京四郎が少し顔をそむけた。

「僕……、トンボのお化けみたいな姿になっちゃったでしょ?」


「ふふ……。『黒い悪夢』に飲まれちゃったのね? あれだけ取り込まれないでって言ったのに」


「ごめん……。でも、居ても立ってもいられなくて……」


「私を助けるため?」


「……うん」


 ロレインが歩いてきた。ウェディング・ドレスの下に着せられている拘束具のため、動きにくそうだ。


「私も傷ものにされちゃった……」

 悲しそうに眉を下げて笑いながら、ロレインが近づいてくる。

「こんな顔じゃ、もう、お嫁さんにしてくれるひと、いないよね?」


「ここにいるよ」

 右京四郎はナナフシのように緊張した動きをしながら、言った。

「それともこんなバケモノじゃ……ダメかな」


「ううん」

 ロレインが幸せそうな笑顔を浮かべ、首を横に振った。

「私をお嫁さんにして、お兄ちゃん!」


 右京四郎が四本の腕を広げる。

 ロレインはその中へ──


「何ふざけたことさらしとんじゃ、オニヤンマが」


 すぐ後ろからそんな野太い声が聞こえ、右京四郎がはっとして振り向くと、そこに顔面傷だらけの、白いヒゲで顔の縁取られた、中年の大男が立っていた。


「お父様!」

 ロレインが悲痛な声をあげる。

「やめて……! そのひとは……!」


 暴風雨のような腕が振り上げられたかと思うと、渦を巻くような暴力が右京四郎を襲った。そのヒョロガリの身体はあっという間にバラバラに折れ、地面にゴミ屑のように散らばった。


「フン……」

 アンドレ・カミュが面白くなさそうな声を出す。

「残像とか……ベタな真似を」


「私の弟子だ。そう簡単に壊させはせん」


 黒い工作員姿の17歳の殺し屋が、右京四郎の身体を回収していた。地に低く身を構え、弟子の身体を土にめり込ませて抱えながら、黒豹のように威嚇のポーズをしている。


「ラン・メイファンか……」

 アンドレ氏が鼻で嗤うように言った。

「おどれごときが……このワイに勝てる気でやって来おったんか?」


「ろ……、老師……。ありがとう」

 右京四郎は腰が抜けている。


「おまえはよくやった。もう下がっていろ」

 メイファンが低い姿勢のままそう言い、ニヤリと牙を剥く。

「このオヤジにおまえでは到底敵わん。私に任せろ」


「俺も忘れるなっ!」


 結婚式の参列者たちが追いかけて来た。走って来ながら次々バタバタと倒れて行く。その中から赤い小さな影がスタッと着地し、アンドレを睨みつけた。


「アニー!」

 ロレインが笑いながら、泣いた。

「来てくれるって、信じてた!」


「ああ……? バカにしとんのか」

 アンドレ・カミュが見下すような笑いを収め、口からハアァ……と白い息を吐き出す。

「ガキンチョ二人が束になったとて……このワイに敵うとでも思っとんのかあっ!?」




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