リベンジマッチ
「おい!」
澄香がそう言いながらノックもせずにドアを開けると、頬をやたらと紅くした五月と勇次郎が振り向いた。二人は何かをこれからしようとしているところらしかったが、構わずに澄香は言った。
「外に気配を感じる。何者かがこの家を狙っているぞ」
二人は挙動不審になりながらその言葉に反応した。
「え、えー? そうなんだ?」
「いつもその白い空手着姿なんですか?」
ガンッ! という鈍い音がした。
窓に何かが外からぶつかった音だった。防弾ガラスの窓はそれを弾き、刃物のような何かが一階の庭へ落ちるのが見えた。
「狙撃手か」
澄香が窓の外を覗こうとして──
その首を引っ込めた。それと同時に連続で窓が軋むような音を立てた。刃のようなものが嵐のようにやって来たのだった。
ガガガガガガガ! という、道路に穴を掘るハンマードリルのような音がけたたましく響き、防弾ガラスの窓にヒビが入る。
勇次郎が五月を抱き、床に伏せた。
割れてヒビだらけの板のようになった防弾ガラスが、重たい音を立てて部屋の中へ落ちた。
休む暇も与えず刃が続けて飛んでくる。ブーメランのような形のそれは部屋の中を横切ると壁に突き刺さり、そこで光のように消えた。
「『気』の刃だ」
澄香が床に伏せながら言う。
「……どこかで見たことあるな、これ」
「あの陰キャ・ギャルだ!」
勇次郎が声をあげた。
「俺を汚い口撃で負かした……あの!」
「どっ……、どうにかしなさいよ!」
五月は澄香に言った。
「あんた用心棒でしょ? あたしたちを守りなさい!」
「言われなくても……」
澄香が自信満々の顔で立ち上がった。
「最強はボクだ。負けるわけがない」
ガラスのなくなった窓から澄香が勢いよく飛び出した。刃が連続で襲ってくるが、それを手刀ではねのけながら、庭に着地する。
「うおおおっ! 韋駄天歩法!」
人間とは思えぬスピードで駆けていく。刃のやって来る方向へ──
見つけた。おおきな松の木の陰にそいつはいた。紺色のセーラー服を着た、黒ぶちメガネの女が片膝を地面につき、手裏剣を飛ばすように刃を飛ばしていた。
「捕らえたぞ!」
澄香が攻撃を繰り出す。
「喰らえ! 阿修羅連撃!」
すかしっぺのようなパンチが一発だけ出ると、前へ倒れ込んだ。
大山澄香の体力は1分しかもたない。ちょうどそこで1分が経ってしまったのだった。
防御の構えをとっていた黒ぶちメガネの暗殺者はハテナマークを頭の上につけると、スライディングしてきた澄香の頭をローファーの靴底で踏んだ。それがとどめとなった。
「……なんだか知んねーけど、オマエは依頼のターゲットには入ってない。邪魔すんな、ボケ。あのメスガキ殺せば50万くれるって言われてんだ」
そう言い残すと、暗殺者 青野楸は歩き出した。ゆっくりと、五月たちのいる部屋へと近づいていく。
澄香は地面に這いつくばったまま、『待て』と言おうとしたが、その口からは「はにゃー」という声しか出せなかった。
「へにゃー……」
「来るぞ」
窓の外をおそるおそる眺めながら、勇次郎が言った。
広い庭のあかるい遊歩道を避けるように、わざわざ草の茂った暗いところを歩いて青野楸がこちらを睨みつけながらやって来る。
「あたしがやるしかないわね……」
鞭を手にとって立ち上がりかけた五月を、勇次郎が手で制した。
「俺にやらせてくれ。リベンジマッチがしたい」
「でも、あんた……」
「メイファン老師にもらった力は残ってんだ」
爽やかに歯を見せ、勇次郎がかっこよく笑う。
「おまえはぜってー、俺が守るから!」
▣ ▣ ▣ ▣
右京四郎は急降下しながら、日本刀のように変化させた四本の手を前へ突き出した。
「ロレたんに謝らせてやる!」
産まれて初めての実戦だった。兄とレスリングごっこはしたことがあったが、手を抜いて勝たせてもらっていた。
これは遊びではない。体と意地とを賭けた、本気の勝負だ。負ければ命すらないかもしれない。
「フン」
急上昇してきていたJPが身体を転回させた。足をこちらに向ける。
逃げるのかと右京四郎は思った。しかしこちらに向けた足がサーベルのように、鋭い攻撃を放ってきた。
「ぎゃあっ!」
肩に攻撃をまともに喰らってしまった。あれほどメイファンのフランスパンを避ける修行を繰り返したのに──
「おまえ──素人だな?」
JPが見下すように言う。
「命を賭した闘いなどしたことがないだろう? この醜いだけのバケモノめ。死ね」
上をとられた。右京四郎が慌てて仰ぐと、JPの足が矢のように攻撃の雨を降らせてきた。
『コイツが……ロレたんを……』
それを目の当たりにしながら右京四郎は強く思った。
『コイツが……僕の天使の顔に──傷をつけた!』
ロレインの悲しそうな顔が目に浮かんだ。
「──ん?」
JPが動きを止める。
「……消えた?」
きよろきょろと辺りを見回す。
消えるはずがない。ここは地上約50メートルの空の上だ。
「まさか……」
JPはおそるおそる、自分の腕の中を見た。
そこにトンボのようなバケモノが抱かれており、血走った目をおおきく見開いて、自分を凝視して笑っていた。
JPは恐怖した。
「オラオラオラオラーーッ!」
右京四郎の四本の手が繰り出す拳が、すべてJPのイケメン顔に突き刺さった。




