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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
27/66

結婚式をぶち壊せ

 水星家の呼び鈴が鳴った。


 時間は昼の1時過ぎ。

 今日は祝日なので五月も大根も家にいる。父の丁良は仕事の付き合いで出掛けており、留守だった。


『パパがいないのに……、誰だろう?』

 五月はだらーんとした意識の中で思った。


 しばらくしてスタスタと、スリッパの音が近づいてきた。


「お嬢様」

 ドア越しにメイドが報告する。

「馬場様のお坊ちゃまがお見えです」


「ゆ勇次郎!? 

 だらしなくベッドに寝そべってスマホゲームをしていた五月が急いで起き上がる。

 鏡で顔を確認し、部屋着を急いでかわいいワンピースに着替えると、パタパタとスリッパの音を立てて玄関へ出た。


「遅いですよ、女王様」

 日に焼けた笑顔がそこで待っていた。

「一体何時間待たされるかと思ったぜ」


「勝手に上がって寛いでくれてりゃいいでしょ。勝手知ってる幼なじみの家なんだから」

 五月はぷいっと横を向くと、聞いた。

「……で、突然何しに来てくれたのかしら?」


「うん……」

 勇次郎は一瞬うつむくと、すぐに顔を上げ、明るく言う。

「……って、何か用がなきゃ来ちゃいけねーのかよ? 遊びに来たんだ。ヒマしてねーかなって思って」


 五月の心にぱあっと花が咲いた。

 しかしそれは表には見せずに、そっけなく言う。

「あ、上がりなさいよ」


「お邪魔しまーす」

 勇次郎はあくまで明るくふるまった。

 五月を不安にさせるかもと思って、言えなかった。


『何か悪い予感がして来た』なんてことは、言わないほうがいいと思った。


 そしてそれは実際に、確実に近づいていた。


 紺色のセーラー服を着た暗殺のプロが、水星邸をスコープで確認すると、黒ぶちメガネをくいっと指で上げて、一歩前へ足を踏み出した。



 ▣ ▣ ▣ ▣



 牧師は時間通りに到着した。遅れていたら消されていたことなど露ほども知らず、呑気に平和ボケした顔で挨拶を始める。


「えー……。本日はお日柄もよく……」

 喋りながら花嫁をチラチラと気にする。

「ゴリアーテ家、カミュ家──両家の幸福な未来を願いまして、ここに結婚式を執り行わせていただきます」


 純白のウェディング・ドレスの下に拘束具は着せられたままながら、ロレインはさるぐつわも両手両足の枷も解かれていた。

 しかしひどい顔の傷は隠しようがなく、化粧を施されていてもその表情から死人のような絶望の色が消えてはいない。


「ロレインちゃん」

 31歳の新郎ジュリアンがゴリラそのものの顔を笑わせた。

「幸せにするからね。ほら、これ飲んで」


 ジュリアンが差し出すプロテイン・ドリンクをロレインは顔をそむけて拒否した。


「飲めって言ってるだろ! ムキムキになりたくねーのかよ?」

 ジュリアンがゴリラそのものの顔を怒らせた。

「なんだよこのガキ! 俺様の命令が聞けねーってのか? 今後の結婚生活で苦労することになんぞ!?」


「……ム?」

 JPが上空に気になるものを発見した。


 トンボのようだがあまりに大きすぎるそれは、高い空の上をしばらく旋回していたが、結婚式場へ向かって猛スピードで降下してきた。


「なんや、あれ……。オニヤンマかいな」

 アンドレが呑気に声を漏らす。

「JP、ちょっと退治して来い」


「はっ」

 JPは立ち上がると、燕尾服の背中を羽根のようにして、空気を蹴って飛び上がった。


 急降下してくるトンボのようなものと駆け上がるJPが急接近し、顔を合わせた。


「おまえ……確か……」

 JPが右京四郎の顔を認め、言った。

「……いや、誰だっけ?」


「僕なんか記憶にもないっていうのか!」

 フランス語はわからなかったが、覚えられていない空気を察し、右京四郎が吠える。

「ロレたんは返してもらうぞ! あの子は僕の天使だ!」



「うっわ……」

 メイファンは既に地上に降り、17歳形態になって木の陰から式場を観察していた。

「なんかゴリラみたいなのばっかりいるぞ」


「動物園に来たみたいだなっ」

 そう言いながらアニーは楽しそうではなく、全身から殺気を漲らせている。

「ロレイン……」


 ゴリラの檻に入れられた一匹の子鹿のように、純白のドレスを着たロレインが弱々しく立っているのが見えた。

 遠目にも相棒の顔につけられた深い傷を認め、アニーが怒りの拳を握る。


「あの空飛びイケメンは私の弟子に任せておけ」

 メイファンは楽しそうな声で言った。

「アンドレを二人でやるぞ。悔しいがあいつは規格外のオヤジだ。周囲の妨害があることも考えれば二人がかりで行かねば殺せん」


「おっちゃん……」


 アニーに迷いがあるように見え、メイファンは聞いた。

「なんだ。ロレインの父親だからやりにくいか?」


「いいやっ!」

 アニーが歯ぎしりしながら答えた。

「あいつは……あのおっちゃんは……昔からロレインを苦しめてたっ! 優しいロレインに殺せないやつだから、俺が殺すっ!」


「よし、行くぞ」


 黒い工作員服に身を固めたメイファンが動き出す。その後に真っ赤な空手着姿のアニーが続いた。


 アニーが唸るように呟いた。


「この結婚式、ぶっ壊すっ!」




 

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