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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
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出陣

 アニーにまたひとつ好物ができた。

 猫用の『ちゅ〜ちゅ』を食べてみたらとても口に合ったのだ。


 しかし今、ロレインのことが心配で『ちゅ〜ちゅ』どころではなかった。水星家の与えられた自室で、一応『ちゅ〜ちゅ』は口にくわえながら、『待っていろ』とメイファンに言われた通りに待機状態を守っていた。


「ちゅう、ちゅう……」


 おやつを啜りながら己の無力と無聊を慰める。

 隣にいつもいた金髪の相棒がいないことがたまらなかった。


「ちゅう……、ちゅうっ!」


 四肢をバタバタさせて仰向けになり、暴れだした。


「機は熟したぞ、アニー」


 いつの間にか部屋の隅に立っていたメイファンが言った。


「ロレインの居場所、わかったのかっ!?」

 アニーが飛び起きる。


「それは随分前からわかっていた」

「なら早く教えろっ! 意地悪!」


「準備がいたのだ。確実に面白くするための、な」

「面白さなんてどうでもいいっ! 早く助けに行かないと、ロレインが結婚……!」


「どうした? 急に夢見るように笑い出して?」

「けっこん……。結婚って……いいよな! うへへ……」


「無理やり父親に結婚させられるのだぞ? 貴様はあのクソ親父に『このダメ男と結婚しろ』とか言われたら喜ぶのか?」

「早く助けに行こうっ!」


 部屋を飛び出ると、ドアの前で五月が立ち聞きしていた。腕を組みながら悔しそうに呟く。

「……あたしも行きたいけど……足手まといになるのよね?」


 メイファンがうなずいた。

「そうだな」


 アニーもうなずいた。

「サツキはここでスミカに守られていてくれっ」


 何も言えなかった。

 言われる通りに自室にこもった。

 鞭でベッドの上のスマートフォンを取ると、暇つぶしのゲームを始めた。




 外に出るとメイファンが巨大な鷹に姿を変える。アニーはその上に乗ると、頼もしそうに言った。

「俺とおまえが二人いれば百人力だっ」


 飛び立つなり、メイファンが言った。

「もう一人とこの先で合流する」

「もう一人……? 誰とだっ?」


「私の新しい弟子だ。見た目キモいから驚くなよ?」

「キモいのかっ!?」


 丘の上にそれは立っていた。

 ナナフシのように細長い六本の手足を持つ、背の高い、背中にトンボの羽根を生やした、しかし顔には見覚えのある男だった。それがぬぼーっとこちらを見つめながら立っている。


「シローじゃないかっ!」

 メイファンの背中からそれを発見し、アニーが興奮した。

「かっこよくなったな!」


「アニー!」

 右京四郎は笑った。

「来てくれたんだね! さぁ、ロレインを助けに行こう!」


「ついて来い」


 メイファンが言うと、右京四郎が羽根を動かして飛んだ。物凄いスピードで後をついて来る。アニーは大喜びしながら記念にそれをスマホで撮影した。



 ▣ ▣ ▣ ▣



 カミュ家の別荘では結婚式の準備が進められていた。

 隣接して建てられた白い教会には参列者が既に集まっている。ロレインは拘束具の上にウェディング・ドレスを着せられ、席に縛りつけられている。後は新郎御一行と牧師の到着を待つだけとなっていた。


 アンドレ・カミュ氏は白いスーツに身を包み、娘を嫁に出す父親の感傷の涙を浮かべながら、ビュッフェ・スタイルの食事をフライングで始めていた。


 チキンを噛みちぎりながら使用人に聞く。

「水星家に刺客は送っといたか?」


「はっ。暗殺のプロを向かわせました」


「今夜、水星一家は皆殺しや」

 涙を拭きながらチキンを頬張る。

「こっちはあとはゴリアーテ一家の御到着を待つだけやな。はるばるシチリアから来られるんや。失礼のないようにな。あぁ? 牧師なんぞどうでもええ。遅れたらブチ殺したれ。ワイが代わりに牧師役やったるわ」


 さるぐつわをされたロレインが何やらモゴモゴ言った。


「なんや? 愛娘がなんか言いよるな」

 アンドレ氏は春巻をパリパリと食べながら、使用人に命じた。

「父に対して感動的な、感謝の言葉でも言いたいのかもしれん。さるぐつわ、外したってくれや」


 さるぐつわを外されるなり、ロレインが言った。

「アニーが来てくれるわ」


「なんやて?」


「きっとアニーが助けに来てくれる! あの子はこの世の希望なんだから!」


 わっはっは、とアンドレ氏が笑う。

 その側でJPが悪寒に震えて言う。

「あの子どもは苦手です。もしもやって来たら、私では手に負えません」


「アニー・大山……。バスタードんとこのガキか……」

 アンドレは鼻で笑いながら醤油せんべいを噛み砕いた。

「バカの娘なんぞ敵やないわ! それにロレーヌよ。おまえが闘って互角のヤツに、ワイが負けると思うんか?」


 使用人が遠くから言った。

「ゴリアーテ様御一行、お越しです」


「おお! 来られたか!」

 アンドレ氏が立ち上がる。

「粗相のないよう、お通ししろ」


 ゴリアーテ家からやって来たのは新郎のジュリアン、その父親のゴリアン、母親のゴリアーヌの三人であった。姿を現すなりそれぞれにムキムキの筋肉を披露しながら笑う。


「遠いところはるばる、ようおいでんさった」

 アンドレ氏が握手で迎えた。


「まったくですな。こんな極東の島国で挙式をするとは……アンドレ殿もさすがは田舎者だ」


 使用人が銃を構えようとするのを手で制し、アンドレ氏は力こぶをゴリアン氏に見せつける。

「ハハハ! いかに娘の嫁ぎ先でシチリア・マフィアの親分さんといえ、無礼な物言いは許しませんぞっ」


「ロレインちゃん!」

 ゴリラそのものの顔をした新郎ジュリアンが、席に縛りつけられているロレインを見つけ、嬉しそうに笑い、ウホウホと手を振った。

「いいね、その顔! いい傷入ったね! あとは体格ムキムキになればキミも僕らの仲間だ」


「あたしのようになりな!」

 ゴリアーテ家はイタリア系だが、母ゴリアーヌはカミュ家と同じフランス系だ。そのぶっとい腕で金色の煙管キセルを振りかざしながら、ロレインに言った。

「うちの嫁になるならゴリラ並みでないとね!」


「アニー……早く来て」

 ロレインは震えながら、小さな声で祈った。

「私を自由の世界へ連れ戻して」




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― 新着の感想 ―
ゴリアーテ一家がものすごいゴリラですね……。 囚われの姫を助けに向かう王道ストーリー! ナナフシみたいあにされてしまった右京四郎を見て、ロレインは何を思うのか……
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