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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
25/66

対抗作

 左近さこん右京うきょう四郎しろうは眠っていた。

 月明かりだけが射す石牢のような部屋で、簡素なベッドの上で、目を覚ます。


「起きたか、シロ」

 メイファンが見下ろしていた。

「では早速、修行場へ来い。試してやる」


 身体が軽くなっていた。

 自分の身体ではないように、てのひらに乗せて浮かせられるように動く。

 裸足の足の裏に冷たい石の床は感じられなかった。

 明らかに自分は変化していると感じた。


「では今日もフランスパンで突く。避けてみろ」


 メイファンがいつものように言う。これまでは青アザだらけになってきた。

 しかし今日は違うと思えた。

 何もかもがスローに見える。


 蝋燭の炎に包まれた薄暗い石造りの修行場の中、メイファンの持つフランスパンが、超スピードで如意棒のように伸びてくる。

 右京四郎は難なくそれを手でキャッチすると、食べた。食事を与えられていないのでハングリーになっていた。


「よし、よくできた」

 全裸でほくそえむ17歳のメイファンの姿からも目をそらさなくなっていた。

「では次の段階へ移るぞ。次がいきなり最終段階、これをかわせたら免許皆伝だ」


 ハングリーな目をして、無言でフランスパンを齧りながら、右京四郎がメイファンから視線を外さない。

 メイファンはホウキを手に持った。それを『気』の力で一瞬で青龍刀に変える。


「これをまともに喰らったら貴様は死ぬ。見事ぶっつけ本番で避けてみせろ」


 メイファンが青龍刀を構えた。

 右京四郎はフランスパンを齧っている、恨みのような色の籠もった目で睨みつけながら。


 無言でメイファンが刀を振った。

 右京四郎の股間をじっと見つめながら、首をはねに来た。


 金属音が部屋にけたたましく響く。


 右京四郎の手には日本刀が握られていた。メイファンと同じように、『気』の力でフランスパンを刀に作り変えたのだった。


 メイファンは無表情でそれを叩き、折る。

 心臓を一突きに狙う。


 青龍刀の切っ先が空を切った。


「おお!」

 メイファンが天井を見あげ、感嘆の声を漏らす。

「素晴らしいぞ!」


 天井スレスレを一匹の巨大なトンボが飛んでいた。よく見ればそれは右京四郎の、元々ヒョロガリだったのがさらに骸骨のように痩せ細った姿だ。


 そのまま急降下すると、メイファンに襲いかかり、ナナフシのような六本の手脚で切り裂く。メイファンはグチャグチャに解体され、はらわたをぶちまけて斃れた。


「最高だ!」

 少し離れたところでメイファンが声をあげた。

「左近右京四郎! 貴様は私の最高傑作だ!」


 右京四郎は仕留めたばかりのメイファンの身代わり人形からぎょろりと目を移すと、泣いた。

「老師……。これじゃ僕、バケモノですやん……」




 修行の時間が終わるといつもララが部屋を訪ねてきた。

 青アザだらけになった身体を優しく癒やしてくれるのだが、今日は手当てを受ける必要もなかった。無傷だ。


「シロさん、凄かったですね」


 笑顔で褒めてくるララに、右京四郎は挙動不審になった。


「え……。どこかから見てたんですか?」

「はい! 物陰からしっかり見ていましたよっ」


 あんなバケモノみたいな姿を見られていたなんて──と右京四郎は顔をそむけた。


「見た目はどうあれ、あれで彼女さんを救い出しに行けますね」


 ララの言う通りだと思った。これで免許皆伝だ、ロレインを救い出しに行ける。

 ただ、あんな姿を見られてロレインに嫌われはしないだろうかというおおきな不安もあった。


「僕……、バケモノみたいじゃなかったですか?」


 うなだれる右京四郎の頭を、ララが励ますようにぽんぽんと叩く。


「確かにひょろひょろトンボのお化けみたいでしたけど……、大切なのは中身ですよっ。あたしだったらあれを見てもシロさんのことを嫌いにならない自信があるな」


 右京四郎は顔を隠すように、さらにうなだれた。顔が真っ赤になっていた。

 どことなくララはロレインに似たところがある。年齢は倍で、顔はロレインほど美少女ではないが、優しくて、色白で、上品で、何よりロレインにはない色気とフェロモンがあった。

 惹かれそうになる自分を必死で抑えていると、ララが言う。


「メイはあれでもシロさんのことを思ってくれてるんです。きっとシロさんの能力に一番合う姿に改造してくれたんだわ」


「それは僕もそう思います」

 右京四郎は顔を上げ、ララの目を見た。

「あの空飛ぶイケメンに対抗するには、地上最強生物になるより、空飛ぶ最強生物になる必要があったんだ。ヒョロガリのまま強くなるにはその身体の軽さを有効活用して、枯れ枝みたいな六肢をナイフのように使えるように──ともかく、あれが僕による、僕らしさ全開の、僕の最強形態なんだ」

 

「シロさん……」

 ララが何やら不安そうに聞く。

「メイのこと……、どう思ってますか?」


「え? もちろん感謝しています」

 右京四郎は迷うことなく答えた。

「最短で強くなりたいって思ってた僕の願いを叶えてくれた。……恩人です。メイファン様のことは心から『老師』だと思っていますよ」


「でも……。オモチャにされてるな、とかは……思いませんでした?」


「いいえ! たとえオモチャにされてたんだとしても、あのスパルタ的指導と人体改造がなければ僕は強くなんてなれませんでした。あのひとは素晴らしいひとですよ!」


「初めてです……」


「え?」


 ララが右京四郎に抱きついた。


「わっ!?」


「今までのお弟子さんはすべて……あたしが同じことを聞いたら、メイに対する罵詈雑言をあたしにぶつけてきました。メイのことがかわいそうで、かわいそうで……」


「ララさん」

 ドキドキしながらララの身体を引き離し、じっとその桃色の唇を見つめながら、右京四郎はハァハァと息をしながら、言った。

「妹さんは素晴らしいひとです。僕は心からそう言えますよ」


「ありがとう」

 ララは涙を拭くと、笑顔で立ち上がった。

「じゃ、決行は明日ですね? 頑張って」


「頑張ります!」


 強く拳を握りしめる右京四郎に背を向けると、ララは部屋を出ていった。


 部屋を出るとすぐそこで立ち止まり、自分の中に向かって声をかけるように、言う。

「よかったね、メイ……。いいお弟子さんが出来て」


「フン……」

 ララの口が勝手に動き、メイファンの声で言った。

「私はべつに姉ちゃん以外の人間から好かれようなどとは思っておらん。……まぁ、交代しろ」


 そう言うと、ララの身体があっという間に黒くなり、裏返るように17歳形態のメイファンがそこに立っていた。





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