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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
24/66

技のキレは凄いが頭はバカ

「では行ってくるぞ」


 そう言って大山バスタードは簡単な荷物を手に持った。

 国際空港は人で溢れていた。アニー、メイファン、五月がバスタードの渡米の見送りに来ていた。


「必ずやアンドレ・カミュを殺してロレインちゃんを取り戻す」


「早くしたほうがいいぞ」

 メイファンがニヤニヤしながら焚きつけた。

「ロレインは父親に無理やり結婚させられるらしい。結婚式を挙げる前に取り戻すんだ」


「なんと!」

 初耳だったらしく、バスタードが眉毛のない顔を驚かせる。

「それはボヤボヤしておられん! 一刻も早く行って、結婚式をメチャクチャにしてやらねば!」


「おい、クソ親父」

 アニーが何か言いかけたが、父は無視して急ごうとする。


「ちょっと待ってよ、おじさん」

 五月が呼び止めると振り向いた。

「これだけ教えて行ってよ。おじさん、誰に雇われたの? うちのパパの事業を邪魔しようとしてるのは誰なの?」


「ははは、お嬢さん、かわいいな。殺しの依頼者は殺し屋に名を明かさぬものよ。ゆえにわしも知らんのだ」


 それだけ言うと大急ぎで搭乗ゲートを潜って行ってしまった。


 五月が呟く。

「まだ出発まで1時間あるのに……」

 

 アニーが言う。

「帰ろう」


 メイファンが聞いた。

「ククク……。見送らんのか?」


「1時間も待ってらんないよね。帰ろ──」


 五月がそう言っている途中から飛行機が離陸を始めた。どう考えてもバスタードが強制的に出発を早めさせたとしか思えなかった。


 アニーが他人のふりを決め込んで早足で歩く後を、五月とメイファンがついて行く。


 五月は考えていた。

『殺人依頼って……。脅すだけじゃなかったのね。あたし、あの時、殺されかけたんだ? 勇次郎も……。一体、誰に?』


 頭の中にはボクサー崩れに襲われたあの日のことが浮かんでいた。


 メイファンも考えていた。

『ククク……。バス・大山。まんまと邪魔者が海外へ消えてくれた。技のキレは凄いが頭はバカよ。

 ロレインの父親アンドレは今、日本にいるぞ。バス・大山よ、貴様がいないうちに私がアンドレを殺し、私の弟子があの空飛びイケメンを殺す。

 ククククク……。楽しみだ!』


 頭の中には今修行をつけている愛弟子を最強生物に改造した未来の姿が浮かんでいた。



 ▣ ▣ ▣ ▣



 日本のとある避暑地──


 そこにカミュ家の豪華な別荘がある。

 拘束具で縛められたロレインはJPにお姫様抱っこされながら、その門を潜って中へ通された。


「ロレーヌお嬢様!」

 令嬢の帰りを使用人たちが喜ぶ。

「まぁ! ご立派なお姿になられて! 旦那様もさぞかしお喜びになりますよ!」


 ロレインは傷だらけだった。

 右京四郎とデートした時のままの白いブラウスに白いミニスカート、黒のスパッツは薄汚れ、美しいブロンドの長い髪はもつれ、その顔には醜いおおきな傷が刻まれている。

 いつもの微笑みは影を潜め、生気のない表情で奥へと運ばれていった。


 男も女も、その全員がムキムキの体型をしている使用人たちを、うつろな目で眺めながら。



 食堂で一人、父のアンドレは食事をしていた。


「失礼します」

 そこへJPが恭しく礼をしながら入って行くと、離れた対面の椅子にロレインを座らせる。

「お嬢様を連れ戻して参りました」


「ははは! ロレーヌ!」

 アンドレ・カミュは口の中から子羊のテリーヌを吹き出しながら、笑った。

「いいツラになったやないか! それでこそワイの娘や!」


 ロレインは父親の顔を憎むように見た。

 その顔は相変わらず隙間がないほどに傷だらけで、顔の筋肉までムキムキだ。それを縁取る白いヒゲは100年洗っていない絨毯のようにゴワゴワだ。


 給仕についている者たちもすべてがムキムキのこの空間で、ムキムキでないのはロレインとJPのただ二人だけであった。


「あとはムキムキにならんとな」

 父が赤ワインを飲んだ口をべろりと舐めながら、頭の上に逞しくした娘を思い浮かべるようにうっとりとする。

「心配せんでもワイがちゃんとムキムキにしたる。JPも空が飛べんかったらクビにしてるところや。そのヒヨワな体見とったら気分悪ぅなるわ」


「申し訳ありません」

 JPが頭を下げる。

「私は身体が軽くないと空を飛べませんので」


「お父様……」

 ようやくロレインが口を開いた。

「私は結婚などいたしません」


「そうや、そうや! よう覚えとってくれたな。ゴリアーテ家のジュリアンくんもお待ちかねや! 明日にでも早速式を挙げるぞ!」


「私はまだ11歳です」


 アンドレが笑い飛ばす。

「トシなんか関係あらへん」


「何より私……好きになってしまった殿方が──」


「アホか!」

 アンドレが机を叩くとサラダが飛び散った。

「オドレまだ11歳のガキのくせに何をませたこと言うとんじゃ! 色気づきおって! ガキは父親の言うことに従っとけばええんじゃボケがあっ!」


「私、カレと幸せになる!」

 ロレインの目から涙が溢れだした。

「私はお父様の奴隷じゃないわ! 自由なアメリカの一市民よ! お父様は時代錯誤だわ! 一体いつの時代を生きてらっしゃるの!?」


「父親を批判しおったな」

 アンドレの目が冷たくなった。

「ちょうどよい。サバットの新技を思いついとったとこや。ワレ、その実験台になってこの世から消えるか?」


「そのほうがいいわ」

 ロレインが、笑った。

「かつてお母様にそうしたように……、私もそれであの世に送ってください」


「ああー……っ!」

 アンドレは悔しそうな声を出すと、ヤケ食いをするようにステーキを口に放り込んだ。そして、言う。

「あかんあかん! おまえはジュリアンくんと結婚するんや! そんでもってワイは今、他のことでも忙しい! 水星家のヒヨワな成金の仕事をぶっ潰さんとあかんのや!」


「水星家……」

 ロレインがびっくりして父親の顔を二度見した。

「犯人はお父様だったの!?」




 


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