白いうさぎ?
水星大根は見た。
自分のクラスに転校生が入ってくるのを。
「えー……。アメリカからの転校生、大山アニーさんです。みんな、仲良くしてあげてね」
メガネの担任女教師がほわほわと紹介した。
「じゃ、大山さん。自己紹介を」
「アニーだ。よろしくなっ」
赤髪の転校生の無邪気な笑いにつられ、クラスのみんなも笑った。
「自己紹介、それだけー?」
「ちっちゃくてかわいいー」
「元気そうだねー」
アニーの席は大根の隣だった。
席に着きながらアニーが大根に笑顔で手を挙げて挨拶する。
「はろはろー」
「よ……、よろしく。僕は水星大根。ダイコンって書いてオオネって読むんだ」
「でーこんか。よろしくなっ!」
大根は気になっていたことを聞いた。
「アメリカからの転校生って、留学生なんじゃないの?」
「気にするなっ」
気にしないことにした。
朝礼が済むとすぐにみんながアニーの周りに集まってきた。
「アニーちゃん、アメリカのどこから来たのー?」
「ニューヨークってとこだぞ」
「髪、赤いの、天然ー?」
「天然温泉は好きだっ」
「アメリカからの転校生って、留学生とどう違うの?」
「気にするなっ」
「ずっと日本に住むの?」
「ロレインに聞いてくれっ」
「趣味はー?」
「ひとごろしっ」
アメリカンジョークらしき返答にみんながHahaha!と笑った。
学校帰りも賑やかだった。
5人で一緒に帰る中にアニーもいた。
「あっ。肉まんそろそろ季節終わりそうだよ」
女子生徒の一人が言った。
「みんなで食べながら帰らない?」
アニーがきょとんとする。
「にくまんってなんだ?」
仲良しのしるしにみんながお金を出し合ってアニーのぶんを買ってくれた。
みんな肉まんを手に持って、それを齧りながら仲良く歩いた。大根ももぐもぐと口を動かしながら歩く。
「うまいっ!」
肉まんを頬張り、アニーが叫んだ。
「これ、ハンバーガーよりうまいぞっ!」
「よかったぁー」
「気に入ってくれたね」
「買ってよかった」
これ以来、肉まんはアニーの大好物となるのだが、残念なことにこの日を最後にコンビニから肉まんは消えてしまった。
『それにしても……』
肉まんを食べながら、大根は思った。
『なんか……どっかで見た覚えがあるんだよなぁ……、この、猫みたいな赤髪……』
気にしないことにした。
▣ ▣ ▣ ▣
左近右京四郎は見た。
兄の通うレスリング・ジムに、あの美少女が訪れるのを。
「兄貴……。昨日は本当ごめん」
「気にするな。兄弟喧嘩なんていつものことだろ」
「今日、ここに来たのはさ、俺もレスリング始めようかなって、思って……」
「うんうん。何かを新しく始めようと思うのはいいことだ」
「こんにちは」
ジムのドアを開けて、白い女の子が入ってきた。
サラサラのブロンドの長髪にやわらかな微笑みは、このむさ苦しい汗の匂いの充満しているレスリング・ジムにはあまりに場違いだった。
会長が出ていって、聞いた。
「お嬢さん、誰かの知り合いかい?」
すると美少女はにっこり微笑み、言った。
「道場破りに来ました」
Hahahaha! と、その場にいた右京四郎を除く全員が笑った。
ふふふ、と美少女もおかしそうに目を細めて笑うと、付け加えた。
「ジョークじゃないですよ? ここに私に敵うひとはいらっしゃるかしら?」
「あ! 俺、いいッスか?」
兄が手を挙げる。
「いっぺん美少女と闘ってみたかったんッスよ」
「ふつうならお帰りいただくとこだが……」
会長の目がスケベに光った。
「いいな! 美少女が寝技にやられるとこ、見てみてぇ!」
男ばかりの会員たちが目をギラッと光らせた。うなずく。「次は俺にヤらせろ」といわんばかりに興奮している。
「ロレイン!」
右京四郎が美少女に駆け寄った。
「あら。またお会いしましたわね、シローさん」
ロレインが嬉しそうに微笑んだ。
「何やってんの。ここは君みたいな小学生が来るところじゃないよ」
「大人しくしていると体がなまってしまって……。思い切り動かせるところを探してたんですよっ」
「じゃ、ヤろうや、お嬢さん」
リングの上から兄がロレインを呼ぶ。
「真剣な格闘技の世界を舐めたお仕置きをしてあげるよ」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げると、ロレインがリングに上がる。
右京四郎はオロオロするばかりで何もできなかった。
兄が自己紹介をする。
「俺の名前は左近佐之助五郎だ。よろしく」
名前を聞いてロレインが少したじろいだ。
「な……、長っ」
「ゴローでいいよ。お嬢ちゃんの名前は?」
「はいっ。ロレイン・カミュと申します」
「ロレちゃんか……」
五郎が舌なめずりをする。
「ロレちゃん……」
「ロレたん……」
見物する男たちもよだれを垂らした。
「華奢なボディー、いいな」
「金髪……ウフフ」
右京四郎は彼女がまだ小学生であることを言おうとしたが、スパーリングが始まってしまった。
「お嬢ちゃんもレスリングをやるのかい? ……いや、まさかな。その細い体型で……」
五郎がじりじりと間合いを詰めながら聞く。
「サバットをやっております」
ニコニコとロレインが答える。
「サバットっていうと……フランスの格闘技だね」
「ええ。私、フランス系なので」
「足技が中心なんだっけ?」
「色々なスタイルがありますけど……私のは防御に特化した、フランス革命時に革命家たちが使った杖を使って闘うようなスタイルです」
「杖? 持ってないじゃん」
「闘ってみればわかりますよ」
ロレインはしかし、構えない。
隙だらけに見えた。
右京四郎はハラハラした。兄がどんなセクハラを始めるのかと。
「いただきまーすっ!」
五郎がロレインの腰に飛びついた。
ぱかーん! と杖で叩かれたような音を立て、その顎が上がる。瞬殺だった。五郎は頭から後ろに倒れていた。
「おおっ!」
男たちの間から嬉しそうなどよめきが起こる。
「見たか、今の」
「足がバレリーナみたいだった」
「いい足だ!」
リングの上で、高く振り上げていた足をロレインがゆっくりと下ろした。それとともに穿いている白いスカートも軽やかに舞い降りる。
「なるほど……。強いな、お嬢ちゃん」
会長も嬉しそうだ。
「長くて綺麗な白い足が素速く上がって……ぱんつ見えちゃったよ。……ぶぶっ」
「ロレイン……君は……」
リングの外から右京四郎が声をかける。
「格闘家だったの?」
それには答えず、ロレインはまたにっこりと微笑むと、ここに来た理由だけを話した。
「私、接近戦が苦手なんです。だからむしろレスリングみたいに『掴まれたら終わり』みたいなスリルの中へ飛び込んでみました」
スリルどころでは済まなかった。
白いそのぱんつを目にした男どもは理性を失い、牛のようにみんなで突進してきた。
「ぱんつ……」
「ぱんつ……!」
「純白の綿ぱんつーーー!!!」
会長も含めて理性を失っていた。
「きゃっ……?」
「に……、逃げて、ロレイン!」
右京四郎が両腕を広げ、美少女を守る。
暴徒たちはそれを簡単に右の壁まで吹っ飛ばし、ロレインに押し寄せた。
理性を失いながら会長がニヤリと笑う。
「さ〜て、お嬢ちゃん。これだけの人数を相手に、果たして満足させてくれるかなァ〜?」
「ロレたん!」
「ロレたん!」
「ロレたんんんんっ!」
華奢な少女に総勢8人の屈強な男たちが襲いかかる。
「あぁ……。ロレイン」
右京四郎は壁に磔にされたように、ただ見ているしかできなかった。
「さすがにあの数は……無理だ」
ロレインの顔から微笑みが消えた。
構えをとることもせず、諦めたかのように見えたその美少女は、しかし叫んだ。
「うさぎさんっ!」
少女の叫びに応え、リング上に巨大なうさぎさんが立ち上がった。黒いタキシードを着た、細長い体躯のうさぎさんは、ロレインを守るように立ち塞がり、言った。
『やぁ、ロレイン。お困りかい?』
「あのおじさんたちが怖いの。助けて!」
おじさんたちが目を丸くして、巨大なうさぎさんを仰ぎ見る。
「……へ?」
「へ?」
「へえええあ!?」
「君たちいぃぃ……」
ジムを揺るがす低い声で、うさぎさんが怒った。
「ロレたんを怖がらせちゃダメじゃないかああああ」
左近右京四郎は見た、壁にめり込みながらの格好で──
巨大なうさぎが、屈強な男たちを次々と吹っ飛ばし、自分と同じく壁にめり込ませていくのを──
ロレインは微笑みを取り戻すと、かわいく顔を傾げ、男たちに言った。
「これがサバットの秘奥義『うさぎさん』ですよっ」