肉まんを賭けた闘い
「ううぅ……」
「うううぅ……」
アニーとロレインが抱き合って泣いている。
「もうあの道場に帰らなくていいと思ったのにっ……」
「五月ちゃんの護衛もやめて帰らないと行けなくなっちゃった……」
「なんか……ごめん」
五月が謝った。
「でも仕事が終わるまではうちにいていいから。師範代さんとやらに何か言われてもパパから事情を話してもらうから」
「ほんとかっ!?」
二人が一転、ぱあっと顔を輝かせた。
「家にいてもいいの!?」
「えー……、肉まん、ほかほかの美味しい肉まんはいかぁッスかぁー?」
そんな声が後ろから聞こえてきて、アニーがぴこんと猫耳を立てた。
「肉まん、くれっ!」
「1個500円だ」
そう言って、白い割烹着姿のメイファンが右手を差し出した。
「おまえかよっ!」
4歳の幼女が肉まんの屋台をやっていた。
見た目は幼いが、売っているものはせいろで蒸された本格肉まんのようだ。アニーの口からよだれが止まらなくなった。
「でーこんっ!」
大根にお願いした。
「あれ、欲しい! 買ってくれっ!」
「えー……? 肉まん500円は高いなぁ……」
大根は、渋った。
「お小遣い毎月一万円しか貰ってないから、買うものは選ばなきゃ」
「フッ……。アニーよ」
メイファンが屋台をふきんで綺麗に拭きながら、言った。
「貴様は何をしに日本へ来たのだ?」
アニーははっとした。
思い出した。
笑顔で答えた。
「おまえをぶっ殺すためだっ!」
「フン。私は貴様の父親を殺した。その敵討ちとかいうくだらん理由でか?」
「違うっ! それは感謝しているっ! クソ親父殺してくれてありがとなっ!」
「では理由は何だ?」
「依頼されたっ! ラン・メイファンという世界の巨悪を取り除け──と!」
誰に依頼されたか? とはメイファンは聞かなかった。同業者として、アニーがそんなことを言うわけがないのはわかりきっている。
「私を殺そうとする者は、もちろん私に殺される覚悟もあるんだよな?」
「もちろんだっ」
「……では、ここでやるか?」
マイケルがマイクで次の飛び入り参加者を募る声が場内に響いていた。
「殺し合いかっ」
飛び入り参加は二枠だ。ウズウズして手を挙げたがっているロレインを制止し、アニーは恋の花に言った。
「おいスモウ・レスラー! 俺とメイファンで殺し合うぞっ」
「デス・マッチでござるな?」
恋の花がごくりと生唾を呑む。
「わかったでござる。拙者が申請して来るでござる」
「貴様が勝ったらここの肉まん、食い放題でいいぞ」
メイファンがニヤリと笑った。
「店主が死ねば、もう金を取ろうとする者はないからな」
アニーの顔がぱあっと輝いた。
やる気が100%を超えてしまった。
それを見てメイファンも殺る気を掻き立てられる。
「えー……、飛び入り参加者がやって来てくれました」
マイケルがオーバーアクションで二人を紹介する。
「赤コーナー、赤髪の小学校四年生! かわいいな! 大山アニーちゃん!」
アニーが猫耳を立てて観客に手を振った。
「青コーナーは4歳児だ! 黒いチャイナドレスがかわいいぞ! ラン・メイファンちゃん!」
メイファンは腕を組み、薄笑いを浮かべている。
客席から声が飛んだ。
「コラーーッ!」
「子どものお遊戯観に来てんじゃねーんだぞ!」
「賭ける気にもならねーよ!」
「とっとと早く終わらせろ!」
「ちゃんとした試合観せろや! 次! 次!」
「おい、メイファン」
リング上で対峙した宿敵にアニーが言う。
「俺が勝ったら仕事完了で肉まん食い放題っ。でもそれじゃ不公平だ。おまえが勝ったら──?」
「何もいらん」
メイファンは目を閉じ、笑った。
「貴様の死こそが最大の報酬だ」
「あ、そうだ」
思い出したようにアニーが言う。
「『ララ』を使ってもいいぞっ。許す」
「貴様もロレインの『うさぎさん』を好きに使え」
メイファンは目を開き、ちっちゃい上半身を思いきり反らせ、余裕の笑いで相手を見下した。
「それぐらいのハンデは必要だろう。何をしようと勝つのは私だ」
観客はずっとブーイングを続けている。
メタルハライドの白い照明がリング上で対峙する二人の額から汗を滴らせた。
金網の外に出るまでもないと思ったのか、レフェリーがリングの上で声を上げた。
「ファイッ!」
メイファンの身体が巨大なレールガンに変身した。戦艦に搭載され200メートル先の標的を粉々にするその砲身が火を吹いた。
超電磁力によりマッハ7に近い速度で飛んで来た弾丸を、アニーは軽く飛んでかわす。メイファンの発射した砲弾は金網に大穴を空け、客席を襲う。
「うさぎさんっ!」
ロレインが召喚すると、うさぎさんがその身に砲弾を受け、粉々に飛び散った。
「うさぎさーんっ!」
ロレインが泣いた。
「わかったか?」
リングの上にへたり込んだレフェリーを見下し、メイファンが言う。
「命が惜しければ、貴様は金網の外に出ておけ。その代わり、会場からは逃げ出すなよ? しっかりと私たちの闘いを見届けろ」
「目をそらしたなっ?」
そんな声が至近距離から聞こえ、メイファンは視線を対戦相手に戻した。しかし、いない。さっきまで立っていた場所にアニーはいなかった。
「フン……」
自分の腕の中を見た。
「4歳児に9歳の子が抱っこできると思うのか?」
しかしそこにアニーはいなかった。
「逆だっ」
見るとアニーがメイファンをお姫さま抱っこしていた。そのまますべての指で激しくくすぐる。
「ひゃっ……!」
たまらずメイファンが笑い出した。
「やっ……、やめ……! 貴様……! このような屈辱をこの私に……」
「やめてやるっ」
アニーがメイファンを放った。
宙に浮いた敵に正拳突きを叩き込む。
「アニー・サンドイッチ!」
高速移動しながら百発を超える拳が叩き込まれた。前から叩き込んだと思ったら一瞬の後には後ろから──まるでアニーが二人で挟み込むように、それはまさに正拳突きでサンドイッチにするような怒涛の攻撃であった。
「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
メイファンが血を吐きながら叫ぶ。




