猫と関取の闘い
スモウ・レスラーは身長およそ2メートル。その巨体を闘牛のごとく低く構えて、鋭い眼光をアニーに向けた。その口が楽しそうに笑っている。
アニーは身長130センチ足らず。顔がおおきいので幼稚園児にも見える。そのちっちゃな体をトントンと上下に揺らしながら、スモウ・レスラーを見て嬉しそうに笑っている。
「何よ、あんたら……。もしかして知り合い? 仲良し?」
五月がよくわからないといった顔で二人を交互に見た。
なんだか二人とも会えたことがとっても嬉しそうで、旧友の再会の場面のようにも見えたのだ。またスモウ・レスラーが自分を地面に降ろすそのやり方があまりにも優しく紳士だったので、拍子抜けしてしまった。
しかし二人の間には今にも爆発が起きそうな闘志が渦を巻いている。
「スモウ・レスラーだぁ……。初めて見る! 初めて触るぞ!」
そのアニーの言葉に二人が初対面であるらしいことを五月は理解した。
「カハハ! チビっ子よ。拙者もおまえに会えて嬉しいぞ!」
スモウ・レスラーが名乗った。
「拙者の名は『恋の花 たけし』! 裏の角界で横綱を張る者でござる!」
「『ごわす』って言わないのかっ!?」
「ハハハ! 漫画の読みすぎだな! 語尾に『ごわす』をつける相撲取りなど現実にはいないでござるよ!」
「『拙者』とか『ござる』とかは武士じゃないのかっ?」
「それも漫画の読みすぎ! 拙者のような現代日本の相撲取りはそんな言葉遣いをするのでござるよ!」
五月は思った。
『いや……。現代日本でそれ使うのって……オタクじゃね?』
「ふむふむ。色々と勉強になったっ!」
そう言うと、アニーが笑いを消した。
「おまえ、メイファンの手先かっ? サツキを殺しに来たのかっ?」
「問答は後にするでござる」
恋の花の表情も険しくなった。
「思う存分、体をぶつけ合うでござるよ!」
そう言うと恋の花の体が瞬間移動して来た。本当に瞬間移動したのかと思わせるほどの勢いで突進すると、つっぱりを繰り出す。
「……ほう?」
アニーの姿が目の前から消えていた。
「ここかっ!?」
そう言いながら自分の腕の中を見ると、いた。楽しそうに笑いながらこちらを見ている。その拳が──
「させんわッ!」
アニーがびっくりした声をあげる。
「うにゃっ!?」
恋の花が腕に力を込める。
アニーのちっちゃな体を万力のように絞め上げる。
「わざわざ拙者の腕の中へ飛び込んで来るとは、なんとも愚かな必殺技よ」
恋の花の肉がアニーの動きを封じ、包み込み、潰しにかかる。
「サバ折りで全身の骨をバラバラにしてやるでござる! 小学生だからとて容赦せんッ!」
アニーが苦しそうな声をあげた。
「ニャアっ!!」
そこへロレインが大根と手を繋いで駆けつけた。
「ああっ!」
大根が声をあげた。
「アニーちゃんが……! お相撲さんに抱かれてる!」
「ふふ」
ロレインは微笑んだ。
「ちょっと……見ないであげてね」
ロレインの手が、優しく大根の目を塞ぐ。
アニーがニカッと笑った。
必殺技名を叫ぶ。
「アニー・スペシャル!」
恋の花がたじろぐ声をあげた。
「むわっ!?」
大根には何が起きたのか、さっぱり見えなかった。
しかしロレインが目隠しを解いた時、巨漢の相撲取りは仰向けに倒れ、そのお腹の上でアニーが自分の髪を毛づくろいしていた。
「ま……、負けたでござる」
恋の花が素直に負けを認めた。相撲取りにとって、体が地面に触れるということは即ち敗北なのだ。
「し……、しかし、今の技は……」
五月は見ていた。
恋の花が腕に力を込め、そのちっちゃな体をバラバラに砕こうとした時、アニーの髪の毛が逆立った。
まるでヤマアラシが身を守るように、赤い髪の毛が、そして全身の体毛も逆立ち、恋の花を千本の針で貫いたように見えたのだった。
「ほんとうは刺し殺してるとこだぞっ」
アニーが毛づくろいをしながら笑う。
「スモウ・レスラーだから特別に毛先を丸くしてやった」
五月は初めてアニーを心の中で差別した。
『に……、人間じゃないわ、この子……』
数十秒後、アニーと恋の花はそれぞれ缶コーラと缶コーヒーを手に、乾杯していた。
「いやぁ……。アニー殿の強さは本物でござる」
恋の花が心からの賛辞を贈る。
「闘って、よかった、この闘い」
「スモウ・レスラーもさすがだぞっ。俺の『お姫さま抱っこ拳』を破るなんてっ」
アニーも健闘を讃える。
「ところでおまえ、メイファンの手先じゃないのかっ?」
「そんな名前は知らないでござるな。……拙者は強者の匂いを嗅ぎつける能力を持っているのでござる。じつは昨日のボクサーを瞬殺した際、こっそり拙者、電柱の陰に隠れて見ていたのでござるよ」
「よくその巨体が隠れたなっ」
「それで拙者とも闘ってほしいなあって、思ってたのでござる。いきなり襲いかかって申し訳ござらんかった」
「いいってことよっ。楽しかった」
「そっちのかわいこちゃんも強いようでござるなぁ……」
恋の花がロレインを少しスケベな顔で見た。
「いつかかわいこちゃんとも闘りたいでござる」
かわいこちゃんという日本語をロレインは知らなかった。唇に手を当ててキョトンとする。
五月が恋の花に話しかけた。
「ところでおじさん──」
「おじさんと呼ばれるほどのトシではないでござるっ!」
「小学生から見たら大人はすべておじさんよ」
「くうぅっ……!」
「さっき『裏の角界』とか言ってたけど、そんなものがあるの?」
「ふっ……。秘密でござる」
アニーが同じことを聞いた。
「裏のカクカイって、なんだっ?」
「正しくは『裏の格闘界』──ストリートファイターたちの世界のことでござるよ。さまざまな戦士がいて、互いに技を高め合っているでござる! 拙者も『ステツー』の『カイル少佐』に憧れて、この道に入ったのでござる!」
「エロモンド・ホンダじゃないのかよ」
アニーがツッコんだ。
「なんでアニーにはあっさり教えるのよ」
五月がむくれた。
「アニー殿もどうかな? その強さなら瞬く間にチャンピオンになれるでござる! 是非、ご参加を!」
アニーは即答した。
「ご参加するっ!」




