スモウ・レスラー
他人と違っている子どもはクラスで浮くものである。
その待遇はおおきく2方向に分かれる。ヒーロー扱いされ、天才扱いされ、持ち上げられるか──あるいは変わり者扱いされ、ダメ人間扱いされ、見下されるかである。
朝、アニーは四人で一緒に登校した。五月、大根、ロレインと四人で仲良く通学路を歩く。襲ってくる者はなく、無事に校門に到着した。
「じゃ、アニー。大根のことよろしくね」
靴を履き替えると、そう言って五月が手を振る。
「おう、任せとけ、サツキ」
アニーはようやくオメガレッドと呼ぶのをやめた。
「五月ちゃんのことは私に任せてね」
ウィンクをしてロレインが五月の後をついて行った。
「じゃ、行くぞっ。でーこん」
「あっ。待ってよぅ、アニーちゃん」
足のやたらと速いアニーを大根が追いかけた。
教室に入るとアニーは大声で言った。
「おはよう!」
「おはよう」
「おはよー、アニーちゃん」
みんなニコニコと挨拶を返す。
アニーが席に着くと何人かの生徒が周りに寄って来た。昨日アニーがボクサーをボコボコにしたのを目撃した子もみんな集まって来た。
「昨日、アニーちゃん凄かったんだよー」
「悪いやつをやっつけちゃったんだから」
「へぇ〜? ちっちゃいのに強いんだねぇ」
「おうっ! 俺は最強だぞっ」
アニーもニカッと笑い返す。
「今日も帰りに肉まん食いたいなっ」
「だから昨日まででコンビニの肉まん終わりなんだってー」
「次は秋になっちゃうねー」
「アニーちゃん、秋まで日本にいるのー?」
クラスのみんなは何も変わりなかった。アニーを上にも下にも見ず、友達として扱ってくれた。
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五月は教室で、スマートフォンを出したりしまったりを繰り返していた。
今朝の通学路はなんだか寂しかった。いつもなら五月、大根、勇次郎の3人で歩く道が、今朝は色褪せたように見えて仕方がなかった。
メッセージアプリを開いては閉じる。
勇次郎からのメッセージは届いていない。自分から『おはよう』と一言メッセージを送りたいのに、たったそれだけのことがどうにも出来ない。ひたすらに彼からのメッセージを待つが、それもいつまで経っても届いては来なかった。
『きっと寝てるのよね……』
病院のベッドにいる勇次郎のことを色々と思い描いた。
『それとももしかして……手術中? どっか悪いところとか、見つかったの? ボクサーの拳一撃でノックアウトされちゃったから……』
発作のように立ち上がり、学校を出て病院へ駆けつけたい気持ちに襲われる。しかし思い直すと、ゆっくりとまた席に着いた。
『帰りにどうせ病院に寄るんだから……』
張り裂けそうな胸をおさえ、我慢した。
『あぁ……。早く学校終わらないかな!』
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待ちかねた放課後がやっとやって来た。五月は終礼が終わるなりランドセルをひったくるように手に持ち、チーターのように教室の出口へ駆ける。終礼が済んだらロレインが迎えに来ると言っていたことも忘れていた。
校門を出ると、五月は走った。
勇次郎に会いたい気持ちが止まらなかった。自分を守ろうとしてくれたヒーロー、一発でノックアウトされてしまったけれど、その気持ちがあまりにも嬉しくて、彼を守れなかった自分が許せなくて、一刻も早く彼の病室で他愛もないおしゃべりがしたくて、彼のいなかった今日の教室の寂しさを埋め合わせたくて、ただひたすらに走った。
「──お嬢ちゃん」
野太い声とともに前に立ちはだかる巨大な人影があった。
「──邪魔っ!」
こんなこともあろうかと、あらかじめ愛鞭『クイーン』をランドセルから取り出してあった。人影を振り払うようにそれを横に振る。
激しく打つような音を立て、太い手首に巻きついた鞭をもう片方の手で掴むと、巨大な影はそれを強く引っ張った。
「きゃあっ!」
五月の体が地面から浮いた。
鞭とともに引き寄せられ、巨大な影にお姫さま抱っこされて止まった。分厚い鎧のようなその胸を叩いて五月が暴れる。
「邪魔……邪魔っ! 急いでるんだからっ! 邪魔しないで! あんた誰よ! 離しなさいよ!」
「カハハッ!」
野太い声が、豪快な笑い声をあげる。
「離せーーーっ!」
五月が金切り声をあげた。
「そこまでだっ!」
遠くからそんな声が響き、何かがくるくると空を飛んでやって来た。
「むうっ……!?」
野太い声が、嬉しそうな声をあげた。
「来おったか!」
五月を優しく地面に降ろすと、巨大な影が身構える。そこへ向かって赤いちっちゃなものが回転しながら急降下していく。
閑静な住宅街に、激しい衝撃音が響いた。
なんだ、なんだ? 何よ? と家々の窓を開けておじいちゃんや奥さんが覗く。
巨大な影に攻撃を弾かれ、猫のようにスタッとアスファルトに着地したアニーが、相手の姿を見て嬉しそうに叫んだ。
「あーーーっ! スモウ・レスラーだ!」
「カハハハッ!」
巨漢のスモウ・レスラーが高笑いする。それは着物を身につけているということを除けば、ちょんまげもまわしもしっかりとつけた、いかにもなスモウ・レスラーであった。アニーは初めて見る生のスモウ・レスラーに感激した。動画サイトで相撲の取組をいつも見て、憧れていたのだ。
「おい、チビっ子!」
スモウ・レスラーは腰を低くし、両手を前に突き出す構えをすると、唸るように言った。
「おぬしは拙者が倒す! 勝負せいッ!」




