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〇日目「エビ揉め」8

100日毎日小説チャレンジ、はち日目です。

へへへ、おおさめくだせえ

 その日、エイトは《VRCh@》を起動していつものワールドに入り浸っていた。いつも通り昼から、いつも通り時期外れの、胸が衣装を突き抜けたズボラなアバターで。

 昨晩と違うのは森が白昼の様相だということ。木漏れ日が暖かい談笑エリアには世間が土曜日という事もあってか普段夜しかログインしない層も少なからず集まっていて、天然の明かりが緑色の空の隙間から彼女らを神秘的に照らしていた。

 そして他にも違う要素が一つ。

 それはエイトが誰の会話にも加わらず、エリアの隅で作業に没頭しているという点だ。


 何をしているかといえば無論、プロットの構築である。エイトはワールドに来るなり一人座り込み、登録した小説用エディタと創作本を左右に開いてかれこれ数時間プロット画面と睨めっこをしていた。常時首を捻り唸り声をあげ小声で独り言を呟いている奇妙な様子に、知らない人は気味悪がって近づかず、知人も遠くから「なんだなんだ」と眺める事はあってもそっとしておかれているおかげで、快適に集中できる環境になっていた。作業進捗そのものは順調ではなさそうだが。

 だがそこへ、例外中の例外が一人、後ろから声をかけるのだった。


「ばあっ!!!!!!」

「うぉあっっっっっっ!?」


 突然目の前に降ってきた変顔と大声にエイトは驚いて、現実でマウスを放り投げてしまう。


「びっっっっ――くりした〜〜……。え、誰……って、アン・ズー、さん?」

「お。名前覚えてくれてたんだ」

「そ、そりゃあ、まあ……」


 初対面の印象が強烈すぎてどうやったって忘れられないと思うエイト。昨日、友人のカキランから紹介されたイベントキャストのアン・ズーが逆さになって現れたのだ。

 エイトは集中していたこともあってか、普段ならワールドに来た時点で気づけて備えれたはずなのに全く気配も感じられなかった。

 ひとまず肩を上下させて衝撃と緊張の連続で暴れ馬になっている心臓をどうにか落ち着かせつつ、満面の笑みで当然のように隣に腰を下ろした彼女に尋ねる。


「ええっと。どう、しましたか?」

「やっぴー。エイト君に会いに来ちゃった♡」

「会いに来ちゃった、って…………え? ぼ、僕に?」

「だからそう言ってるじゃん。エイト君はエイト君しかいないんだから」

「まあ。確かに」

「変なエイト君。ふふふっ」


 面食らって冷静さを失っていたエイトだが、それもしょうがないだろう。免疫のない女性が自分目当てで来てくれたのだ。しかもエイトから見れば顔も声も性格も、全てが魅力的な彼女が。その上大人気キャスト(自称)でもある。嬉しさ半分、戸惑い半分になってもしょうがないだろう。もっともそんな彼を初手で動揺させた彼女の罪も大きいのだが。


「それより聞いたよ~~!!!」

「なん……何ですか?」

「とぼけちゃってー。しょ・う・せ・つ! 書いてるんだって?」

「え」

 

 エイトが硬直フリーズする。

 確かに書いてはいる。正確には書こうとしている。いるのだが――なぜ知っている。

 そもそもエイトにとって創作は元々秘密の趣味。ちょっとした気恥ずかしさから自分が小説を書いていた事は現実では家族も含め誰にも話したことがなく、《VRCh@》でも殆ど話題に出さない。ジョーが唯一の例外だ。それをアンはなぜか知っている。

 エイトは驚きのあまり困惑を隠せない。顔は赤面。狼狽して心の揺れが全身に。全身の揺れがしっかりとトラッカーでトラッキングされ、現実のマッサージ機よろしく激しく横揺れしてしまう。


「…………え、え、ええ、と……なぜ、なぜ、なぜ……」

「うわあ~~~~! すっごい揺れてる~~~~!!! ねえねえ、エイト君ってトラッカー何使ってるの!? こんな細かい動きもしっかり認識するなんて、性能すっごくいいんだね~~!!!!!!」

「そ、そん、な、こ、こ、事、より」


《VRCh@er》ということもあってアンはエイトの挙動、自分よりも高性能なVR機材・トラッカーに目を輝かせた。

 それから「あ! そうそう」と我に返って、


「確か『100日チャレンジ』だっけ? 聞いた感じ、すっっっっっっごい大変そうだけど、本当にやるの?」

「……………………ま、まあ…………そう、です、ね…………」


 聞かれてエイトは恥じらいに苦しみながら自信なさそうに小声で答える。そんな彼の思惑を気にすることなくアンは声高に喜び拍手まで付けていく。普段の彼からは考えられないが、エイトからすれば周囲の目が気になってしょうがない。


「お~~~~!!! 大変そうだけど頑張んな~~~~!!!!!!」

「は、はひ」

「あたしは創作のことは全然分かんないけどさー、応援するよ〜〜!!! 完成したらあたしにも教えてよねー。あ、そうだ! もし百日達成したら《まっぴるま》のイベントにおいでよ。一緒にお祝いしよ~~!!!」

「う、うす…」

「ふふっ、うすうす! じゃあ今度はトラッカーのこと教えてよね! あと小説楽しみにしてるからね〜〜〜〜!!! あでゅ〜〜〜〜!!!」

 

 そう叫んで、唐突に現れたアン・ズーは嵐のように去って行った。

 アン・ズーが自分目当てで現れたこと。秘密がバレていたこと。100日チャレンジのこともバレていたこと。

 その後エイトは、ほんの一時の情報量とアン・ズーという名の大洪水に押し流された事で、暫く呆然と椅子の上で虚空を見つめることしかできなかった。

 第三者に、それも彼女にバレた、ということは、


「もう逃げられないな…」


 そう覚悟を決めつつ、一言いってやらないといけない相手を探し始める。

お昼の時間に手直ししきったのですが、まさか最後の敵がなろうのパスワードだとは思いませんでした

ちなみに0日目はまだ2話ほどありそうです

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