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〇日目「エビ揉め」5

100日毎日小説チャレンジ、五日目です。

書いてるとジョーに惚れそうです。

 秘湯がある一帯にはこぢんまりとした東屋がある。

 テーブルを挟み込むようにベンチがあり、後はバーチャル空間ならではの屋外家具(エクステリア)として空中に簡易な動画プレイヤーを取り付けたのみで他にギミックがない。このワールドにしてみれば珍しく簡素な空間だ。

 

 それもそのはずで、ここは基本的には何もしないリラックスを目的とした場所。

 普段なら浴衣で火照った身体を落ち着かせながら動画やライブ配信を一緒に見たり、時には《VRCh@》ではなくブラウザでにわか将棋ファン同士一局を指したりしているのだが、今日は珍しくエイトが一人静かに机に突っ伏しているだけだ。

 視線の先は動画プレイヤー。

 ただし、もう既に動画は再生終了していて真っ黒な画面だけが永延と流れている。


「100日チャレンジ、か――」


 DMでジョーから送られていた動画を見て、エイトはどうしようもなく打ちひしがれていた。

 

 彼が二十歳になって初めて買ったパソコンの使い道は、小説だった。

 稚拙な物語を何度もノートに書き連ねていた彼はいつしかプロを夢見た。自分のキャラクターと共にネットの世界に飛び立つため、無限の原稿を秘めた万能道具を手に入れた。

 同様に世界中のゲームが楽しめた。結局は小説以外に夢中になって夢の事なんてすっかり忘れてしまった。

 

《VRCh@》に興味を持ったのもそうだ。フィクションに登場するような自分と同じ志を持った仲間に会いたかった。創作クラスタで集まって作業インスタンスに篭って創作談義に盛り上がりながら自作品を作るのにどうしようもなく憧れた。

 サボって友人と色んなワールドで遊ぶのが心地良くて、何か月かけてもまとまらない退屈なプロットを放り出した。


「すっかり忘れてたな……」


 自分にとって何よりも大切だったはずの、忘れてならない情熱を。


『とにかく書きたい』

『この先どんな展開にしよう』

『ヒロインはどんな感じにしよう』

 

 かつての自分には、そんな素直な気持ちがあった。――はずだった。


『……なんか面白くないな』

『こんなんじゃ誰も読んでくれなさそう』

『もっと面白くしないと』

『あー。こう書けばもっと面白くなったのに……でも全部書き直すのはなー』

『テンプレ』

『ありきたり』

『よくある展開』

『有名作品に似すぎ』

『駄目。この創作論と合ってない』

『設定がつまらん。もっとこだわらないと』

『違う』『やり直し』『駄作』『欠陥品』『パクリ』『退屈』『ボツ』『長い』『飽きた』『疲れた』『楽しくない』


 毎日テキストエディタに向かい続けて辿り着いたのは、どれだけ時間を重ねても一向に正解が見つからない底なし沼。探しても探しても沈み続けるだけで一向に地上には帰れない。書いては消して作ってはお蔵入りの無限螺旋。作者がアンチの一人禅問答。


 『ああああああああ!!!! くっそ……もう何も思いつかん。……はあ。また今度にしよ』


 やがてエイトは退屈な『作業』から爽快で痛快なゲーム世界へ逃げ出していた。


「そもそも『正解』なんて……。本とかSNSで流れてくる創作論なんて気にしないで、ただ好きなように書いて気ままに投稿してれば……それだけで良かったのに」


 現実世界のジャケットがかけられた、執筆当時によく使っていたガムテープだらけのキャビネットを眺めつつ懐かしむ。


 ……もしあの頃に戻れたら、僕はまた書くだろうか。


 そう思っていると誰かの雑音が近づいてきた。

 

「見たか?」

「……ああ。見たよ」


 背中越しに聞こえる悪友の声。

 特有の聞きなれたロリボイス、ではない。顔とイケボと『誑し』で人気を得ていそうな若い男性配信者のような、女性経験のない男が聞けば癪に障る声。それがジョー本来の性別相応、年相応の声だった。


「何だよ。お眠か?」

「いや……」


 エイトは机に顔を貼り付けたまま振り向こうとしない。相手が気の知れた友人で、単にもう疲れて余分に動きたくなかった、だけではない。本当は、現実のエイトからトラッキングしてバーチャル世界に投影している、今の情けない表情パーティクルを見られたくなかったからなのだが、流石に年下の友人には言えなかった。

 

「で? 感想は?」

「…………なんでこの動画を俺に?」

「んな恥ずい事聞くなよ」

「……聞かせろよ。僕らの仲だろ」

「おお? 珍しく(きょう)カード切るじゃねーか。そうさなあ……でも強いていうなら、たまたま。何となく、だなー」

「……」

「いやガチだって。いつもみたいに動画サイト開いて、《LDM》の新作上がってるじゃーんってウキウキで見て。『100日チャレンジ』? そういえばそんなのやってたなーって思ってさ。それで改めて本人のSNS遡ってみて。いや知ってたよ? あの人がいっつもイラスト描いてたのは。絵描きの事はよく分かんねーけどさ」


《LDM》。正式名称《|L'acolyte DU MONSTREレクリット・デュ・モンスタ》。怪物二人組のバーチャルライバー。本格的なライブをやる音楽ユニットライバーだが、それとは別に頻繁に雑談や謎企画でコラボ動画を投稿したりライブ配信でTRPGを行っている異色のユニット。

 そしてジョーが《LDM》の強火のオタクだという事もエイトはよく知っていた。

 そんな彼が昂りを思い返しながら「でもよ。すげーんだ」と楽し気に言う。

 

「メディア欄開いたらさ。ずらぁーーーーってイラストが並んでんだよ。おいおいアンタは専業イラストレーターじゃねーだろって。でもやってのけたんだよ、百日間も。しかも全部めちゃ可愛いの。すごくね? ほら。見てみ?」


 そう言ってジョーは後ろから手を伸ばしてエイトにSNSを見せる。カラフルなサムネイルで埋め尽くされた画面を指で少しずつスクロールしていくが、どれだけ遡っても終わらない。メディア欄が数えきれない枚数のイラストで敷き詰められていた。

 

「なあ知ってるか? 『100日チャレンジ』って」

「……」

「簡単に説明すると『100日間毎日イラストを描いて投稿する』っていう荒療治の修行だな」

「……知ってたよ」

「なんだよ、解説して損したわー」


 わざとらしく溜息。どう見ても興味なさげなエイトにもジョーは心機一転、。「こっちを見ろ」と言わんばかりに『どや顔』でお洒落な眼鏡を上下にずらしながら顔を覗き込むの猛アピールをしていく。


「絵を描くのってどれくらいかかるか知ってる? こんだけ大量に描いてても一枚何時間もかかるらしいぜ。ま。実際手抜きじゃないし、色も塗ってるし、当然だわな。いやこのクオリティなのに『何時間』かで終わる時点でやばくね……? まあいっか。でさ。俺もこの人みたいに何か挑戦できねーかなーってぼんやり考えてみたんだけど……やっぱ無理だわ。ぶいちゃがあるし、毎日アニメ見るし、ソシャゲの日課だってあるしな」

「……だろうな。欲塗れのお前の自制心じゃ……」

「それ! それなんだよ!」

「っ!?」


 前触れなく目の前にジョーが現れてエイトはぎょっとする。どうやら後ろからエイトの身体を貫通して前に移動したらしい。

 バーチャル空間に慣れている普段のエイトなら何とも思わなかっただろうが、精神状況が精神状況だけに度肝を抜かれたらしい。


「『100日チャレンジ』ってそういういつも当たり前にやってる習慣? ゲームとかSNSとか……だらだら遊んでるのもすっぱり諦めて、チャレンジのために時間作る自制心がないとできねーって思ったんだよ。しかもそこまでやってようやく『前提条件』な。いっくら絵が好きでもそんなの苦行中の苦行だろーし、きっと途中で諦めた絵師がめっちゃいるんだろーなーって思ったワケ。でもこの人は達成したんだよ。な? すげーだろ?」

「あ。ああ……」


 捲し立てられて思わず呆然と見つめ返してしまうエイト。

 それを好機と見たのか、ジョーは意地悪そうに()()()()で、

 

「お。やーーっと俺を見たな?」

「くっ」

「お前いつだったか教えてくれたよな。好きなんだろ、小説書くの」

「……好きじゃねーよ」


 嘘はついていない。

 好きじゃない。

 好きだったんだ。

 その二つには明確な差がある。もし今も好きだったら、ずっと書き続けてるはずなのだから。


「そりゃあぶいちゃにお前がいりゃあ毎日楽しいけどよ。お前がつまんなそーなのがやっぱ一番つまんねーんだわ」

「……だから何だよ」

「挑戦してみろよ、《偉大なる目標(グランドライン)》に」

過去の自分が適当プロットでっちあげたせいで、昨日書いておいた1800字を書き直しました。許さん

なので「初日」があと2話続きます。お楽しみください。

評価ガチ感謝。めちゃくちゃやる気出ました。

おやすみなさい。

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