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第30話 春葉の辛苦

 山名春葉は、部室の扉の前で立ちすくんでいた。中から漏れてくるのは、冬也と夏月の会話。そして――キスの湿った音も微かに耳に届いた。


 いま扉を開ければ、二人を引き離すことはできるだろう。だが、春葉は足を動かせなかった。


 夏月に傾きつつある冬也の気持ちは、無理やり引き戻せるものではない。逢瀬を邪魔することはできても、それが二人の進展を根本から阻むことにはならない。


 それなら――諦めるのか?


 自分自身に問いかけ、春葉は即座に首を振った。


 諦めない。絶対に。


 心の中で拳を握りしめる。


 確かに、いま冬也の心は夏月に傾いている。それは否定できない現実だ。だが、勝負はまだ終わっていない。冬也が春葉を見つめるようになってから、何度も心と身体を重ね、夏月の存在を忘れさせればいい。


 でもどうやって……と、自問する。このままではダメだということはわかっている。


 夏月の計画は着々と進んでおり、冬也の心は半分以上夏月のものになっているだろう。一度傾いた天秤をひっくり返すのは簡単なことではない。それでも、何とかしなくては――春葉は必死に考えを巡らせる。


 でもどうすれば……。


 立ちすくむ場面で、義妹の葵が現れた。





「義姉さん」


 葵の落ち着いた声が、扉に背を預ける春葉に優しく語りかける。


「もうやめましょう。冬也先輩に関わるのは」


 その声音は春葉を労わるようであり、同時に冷静に言い聞かせるようでもあった。


「山名家では、自分で殿方を選ぶことは叶いません。昔馴染みの想い人だからと引きずれば、義姉さんが不幸になるだけです」


 春葉は、苦笑を浮かべながら葵を見つめた。


「葵がそう言うの、わかるよ。山名家の立場が不自由なことも承知してる。でもね……自分でもこの気持ちはどうしようもないの。諦められるくらいなら、こんなに苦しんでない」


 葵は少し眉を寄せて、ため息をついた。


「所詮、叶わない悲恋です。表立って並んで歩くこともできない恋路……辛いでしょうが、諦めるのが義姉さんのためです。諦めた方が幸せになれるとも思っています」


 春葉は、葵の言葉に視線を落とした。


「……わかってる。そんなことは百も承知。でもダメなの。自分じゃどうにもできないのよ。コントロールできない。葵だって、誰かを本気で好きになったら、きっとこの気持ちがわかると思う」


 葵は目を伏せて少し黙った後、問いかけた。


「冬也先輩には久遠先輩がいます。それでも、押しのけてまで我を通す意味があるんですか?」


 春葉は、強い眼差しで葵を見返した。


「あるよ。このまま引き下がったら、私は一生後悔する。それだけは、確かに言える」


 その言葉に、葵は一瞬何かを言いかけたが、代わりに静かに春葉を見つめた。


「義姉さん……。義姉さんのためになるなら、私は裏切者になっても構いません」


 その言葉の意味を、春葉は深く考えることなく聞き流してしまった。葵が何を意味していたのか、その時点では知る由もなかったのだ――。

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