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第18話 浮気の日々 その1

 それからさらに、春葉と接触しない日々が続いた。


 朝の挨拶もなければ、昼の弁当を一緒に食べることもなく、本の貸し借りも途絶えた。そんな毎日を過ごしながら、放課後には俺はいつものように部室へ向かう。





「いらっしゃい」


 夏月の穏やかな声が部室に響く。俺はその声にほっとして、少し疲れた心が癒されるのを感じた。


 彼女はソファに座りながら早川ミステリーを読んでいて、俺はその隣に腰を下ろすと、軽くキスを交わした。これが俺たちのあいさつ代わりになっている。


 それからコンロでコーヒーを淹れ、マグカップを夏月に渡して自分の分を手にする。


「苦いわね。それに熱い」


 渋い顔で言いながらも、夏月はゆっくりとカップの中身を飲み干す。そしてカップをテーブルに置いたあと、俺の膝の上に体を倒れ込ませた。


「どう? 少しはリラックスできた?」

「……まあ、できたかもな」


 俺が曖昧に返事をすると、夏月は満足げに笑みを浮かべた。


「春葉に悪いって思う気持ちはあるだろうけど、今は私に気持ちをゆだねていいのよ」

「ああ……。疲れてたんだなって、改めて感じる」

「なら私に寄りかかって。私はどう?」

「正直に言うと、心地いい」


 その言葉に、夏月は得意げな笑みを浮かべる。


「それはそれは、僥倖ぎょうこうなことね」

「お前さ、そんな顔で俺を揶揄ってるけど、部長とはどうなんだよ? あまり部室では見かけないし、お前たちがいちゃついてるのも見たことない」


 俺が軽口を叩くと、夏月は不満そうに顔をしかめた。


「私の前で他の男の話をするなんて失礼ね。冬也、もしかしてそういうネトラレ的なシチュエーションが好きなの?」

「そういうことじゃない。お互いに『利用し合う』関係だとしても、本気の相手のことをちゃんと考えてるのかってことだ」

「拓真の手綱はちゃんと握ってるから大丈夫。それより、冬也は私との時間に集中してくれればいいのよ」


 夏月は蠱惑的な笑みを浮かべる。その無邪気さと妖艶さの混じった表情に、俺は少し気が緩むのを感じた。


「ねえ、肩が凝ってるから、マッサージしてくれない?」


 夏月はそう言いながらソファにうつ伏せになる。


「俺、マッサージなんて素人だぞ」

「いいから、揉んで」


 彼女に促され、俺はコーヒーを置いて夏月の肩を揉み始めた。


「うん、いい感じ。もっと強くして」


 夏月の声がどんどんとろんとしてきた。これでいいんだろうかと思いつつ、力を込めて肩をほぐしていく。


「ん……」


 夏月が小さく甘い声を漏らす。


「ねぇ……。もっと下の方、お願い。座りっぱなしでお尻が痛いの」


 俺はためらいながらも手を彼女の腰に移動させ、慎重に揉み始めた。


「……って、やばいだろ、それは!」


 思わず抗議すると、夏月は振り返りながら言う。


「大丈夫よ。特別に触らせてあげてるんだから、光栄に思いなさい」


 彼氏の部長にはさせているのか、そんなことを考えたが、それを口にすれば夏月の機嫌を損ねるのは明らかだ。俺は指示通り揉み解しを続ける。


「気持ちいい……」


 夏月の甘い声が耳に届くたび、妙な気分になりそうになるのを必死で押さえ込む。


「もっと強く……あ、そこ、いい……」


 彼女の声がますます妖艶さを帯びてくるのに、俺は理性を振り絞って耐え続けた。





 三十分ほどマッサージを続けた頃には、俺の手の方が筋肉痛になっていた。ここまで一線を越えなかった自分を、内心で褒め称えたい気分だ。


「よく我慢したわね。半分は誘ってたつもりだったのに」


 夏月はあっけらかんとそう言い放つ。その一言に、俺は驚き、そして思わず噴き出してしまったのだった。

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