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第15話 浮気への誘い その2

「おはよう」


 朝、教室に入ってから、机の上で頬杖をついていた春葉に挨拶をした。しかし、いつもは明るい声が即座に返ってくるのに、反応がない。


「おは……よう」


 聞こえてなかったのかなと思ってもう一度声をかけると、春葉が驚いたという様子で慌てて応答してきた。


「え? ご、ごめん。おはよう」

「邪魔しちゃったか?」

「ううん、そんなことない。ちょっと考え事に気を取られてて。私が悪いね」


 そう言った春葉は、何か思い悩んでいる風だった。その春葉の目元に気付いて、少し心配になった。


「春葉、目が少し赤くなってる。腫れぼったく見えるけど、大丈夫?」

「昨日、寝付けなくて。目薬さすから無問題」


 春葉は鞄からロートZを取り出して、点眼した。それからぱちくりぱちくりと瞬きをして、ニッコリと微笑む。


「うん。スッキリ。ごめんね、気を使わせて」

「いや、春葉が大丈夫ならそれでいいんだけど……」

「ん。なに?」


 俺は、言葉を切って春葉をじっと見つめてしまった。春葉はいつもの様に向日葵の笑顔。けれど何だろう。特に理由はないんだが、その笑みの中に、いつもとは違った影が混じり込んでいると感じてしまった。


 春葉は、昨日寝付けなかったと言っていた。そのセリフとも合わさって、俺とのお付き合いに関しての悩みが晴れないのだろうと勝手に想像してしまう。


「春葉。突然ですまないが、俺は春葉との……」

「ごめん。みんな見てるからここまでで。ごめんが多くてごめんね」


 春葉が会話を打ち切り、俺も慌てて周囲を見る。知らず知らずのうちに、長話をして注目を集めてしまっていたようで、反省する。


 春葉には春葉の都合がある。それを承知しての隠れてのお付き合いなのだから、春葉に迷惑はかけられない。


 俺も自分の席に戻って、心にモヤモヤを抱えながら、一時間目の授業に突入するのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 そして昼休みになって、いつもの校舎裏でのお弁当タイム。俺は、もぐもぐと厚焼き卵を咀嚼しながら、さりげなく朝にはかけられなかった言葉を春葉に投げかけた。


「春葉。お付き合いに関してだが、俺は現状で満足してる。だから俺ごときが言うのも何だけど、特に悩む必要はないって思う」

「え? ないよ、悩みなんて。あったとしても、冬也君とのお昼楽しんでたら、吹っ飛んじゃう」

「それならいいんだが」

「うん。何も問題は……」


 言いかけて、春葉が自分のお弁当の箸を止める。何かを思惑している表情を見せたあとに、沈んだ声で続けてきた。


「ないよ……って言いたいところなんだけど、冬也君はお見通しかなぁ」


 春葉が、ちょっと鬱だという顔を見せたので、先をうながした。


「冬也君も知っての通りなんだけど、私たち、大っぴらには付き合えてないでしょ。そういうの、思ってたより私は辛いし、冬也君にも不快な思いさせてるんじゃないかって思って……。昨日は眠れなかった」

「そうか……」


 俺は何と言って励ましたらよいのか、わからなかった。確かに春葉とは表立って付き合えない。「俺のカノジョだ!」とか、「私のカレシよ!」とは言いかねる状況だ。


 周囲の目を気にしながらの隠れての逢瀬は、会っている時は楽しいのだが、それ以外の時間は逆にストレスにもなる。


 春葉が気にするのも無理はない話なのだが、現状、解決策は浮かばない。それを分かった上で、俺は春葉を励ました。


「問題ないって。俺は春葉のことが好きだし、春葉と一緒にお昼を過ごせるだけで大満足だぞ。元気出せって。俺は春葉の笑顔を見ていたい」

「うん、そうだね。落ち込んでても仕方ないよね」


 春葉が、笑みを見せた。


「一緒に過ごせる時間があるだけでも大儲けだって思わなくちゃ、罰が当たるよね」

「そうそう。俺は毎日、春葉の弁当を楽しみにしてるんだから、俺の幸せの為に春葉には尽くしてもらわないとな」

「言う言う。私が尽くすって、昭和っぽくない?」

「春葉は古風な美少女だろ?」

「まあ、そうだね」


 えへへと春葉が声を出して、俺と笑い合う。春葉に元気が戻ったようでよかったと思う反面、問題は解決してないよなと、胸中で再認識させられた



 ◇◇◇◇◇◇



 その晩、俺はベッドで眠れない夜を過ごしていた。思い返すと今日の昼休み、春葉は笑っていた。


「元気元気!」と両腕の力こぶを見せてくれたし、俺も春葉とのお弁当タイムが楽しいと微笑み返した。が、しかし……。実の所、どうなんだろうと、自問する。


 楽しくないという事はない。実際、楽しいのだろう。でも、それは思い描いてた彼氏彼女の関係とは程遠くて、教室でまともに会話すらできないのは正直ストレスがたまりもする。


 同時に春葉からも、現状では心からは満足できないという、無念さのようなものが伝わってくる。


 俺と春葉はこのままでいいのだろうか?


 俺と春葉はこの先どうすればいいのだろうか?


 そんなことを考えながら、夜の二時を過ぎても眠りにつけてはいない俺が、実際にこの場にはいる。


 俺は、春葉との距離感に惑っている。


 俺は、自分の感情に悶えている。

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