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第13話 キューピッド夏月、告白される その2

「で。桜井君? でしたかしら」


 恋愛研究会の部室で、夏月が桜井君を探るように見つめる。俺は面談を終えた後、桜井君をここに案内し、現在部室には俺たち三人だけがいる。


「今日の冬也の聞き取り相手ね。この方が部室に来られた理由は何かしら?」


 夏月が、今度は俺に視線を向けてくる。その眼差しは「説明をして」という無言の圧力を伴っていた。


 俺は桜井君に話を譲り、夏月に耳を傾けるよう促す。


 夏月が再び桜井君に向き直ると、彼は静かに、しかし明確な意思を込めて口を開いた。


「久遠さん。単刀直入に言います。僕が好きな相手は、あなたです。告白するためにここに案内してもらいました」


 桜井君の言葉は静かだが、その真剣さは部屋の空気を変えるほどだった。


「久遠さん。好きです。付き合うとか、付き合わないとか以前に、僕はあなたが好きなんです。それをどうしても伝えたくて、失礼ながらお邪魔させていただきました」


 真摯な目で夏月を見つめる桜井君。彼の瞳の中には迷いもなく、ただひたすらに思いが込められていた。


 夏月は最初、その告白に驚いた様子だったが、やがて深いため息をつき、こめかみに手を当てながら考え込む仕草を見せた。


「だいたい状況は察したわ。桜井君、だったかしら?  あなたは私が好き。その関連で、キューピッドの私に依頼した……ということで合ってる?」

「はい、合っています」

「それなら。私が彼氏持ちだってことは知ってる?」

「知っているというわけではありませんが、その可能性は考慮していました」

「その上で私に告白してきたと?」

「ええ、その通りです」


 桜井君の言葉には一切の迷いがなかった。彼のその堂々とした態度に、夏月も一瞬感心した様子を見せたが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。


「私好みの選択と行動力ね。嫌いじゃないわ。その上で言わせてもらうけど――」


 夏月は、真剣な眼差しで桜井君を見据えながら続けた。


「申し訳ないけど、あなたの気持ちには答えられない。私はあなたの彼女にはなれないし、付き合うつもりもない。それどころか、浮気をする気もさらさらないの」


 その言葉を発したとき、夏月は俺のほうをちらりと見た。それからすぐに視線を桜井君に戻し、きっぱりと言い切った。


「ごめんなさい。私は私自身のエゴを優先させてもらうわ」


 桜井君は一瞬、目を伏せたが、すぐに顔を上げ、確認するように尋ねた。


「つまり、久遠さんは、今付き合っている彼氏への思いを優先するということですね?」

「お茶を濁して申し訳ないけど、今いる彼氏とかそんなことは全然関係なく、私にはどうしても結ばれたいたった一人の相手がいるの。そのためなら何でもするという選択。なんなら浮気でもなんでも」


 桜井君は一瞬息を飲むように見えたが、やがて微笑みを浮かべた。


「了解しました。あわよくば、あなたをモデルに絵を描ければ……なんて夢を抱いてしまいましたが、叶わないことが分かりました。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げる桜井君に、夏月は頷きながら柔らかく答えた。


「私がその相手と結ばれたときは、私たちの絵を描いてくれるのを歓迎するわ」

「……それは、ちょっと複雑な気持ちになりそうですが、考えてみます」


 そのやりとりのあと、二人の間にようやく笑顔が戻った。桜井君は帰り際に「久遠さんの恋が叶うことを祈っています」と、なぜか俺を見て言い残し、去って行った。


 部室に残ったのは、いつもの俺と夏月の二人だけだった。





「ふぅ」


 夏月が深く息をついた。その表情には、先ほどの緊張が少し和らいだ様子がうかがえる。俺はそんな夏月を見て、申し訳ない気持ちで声をかけた。


「悪かったな。ストレスかけちまったかも」

「平気よ。慣れてるから」


 そう言うと、夏月はソファにパタンと倒れ込んだ。


「今どき珍しいタイプの紳士だったわね。私に言い寄ってくる男って、大体は『あわよくば近づいてカラダを』みたいな外見だけイケメンの人が多いのよ」

「そうなのか」

「ええ。そういうのなら即切り捨てて足蹴にするんだけど……桜木君みたいなの、冬也にも無下にはできなかったのね」

「桜井君、だろ?」

「……そうだったかしら?」


 名前を間違えるほどにはリラックスしたらしい夏月は、顔をクッションに埋める。その姿に思わず微笑んでしまう。やっぱり夏月は俺の知っている夏月だ――そう思うと、なぜかほっとした。


 夏月が本当に結ばれたい相手が部長なのか、それとも部長とは当座の関係で、他に本命がいるのかはわからない。ただ一つ、夏月の恋がうまくいけばいいと、俺も桜井君と同じような気持ちを抱いた。


 そうして俺がしみじみと考えている間に、夏月はそんなことお構いなしに、うつ伏せのまま、すやすやと寝息を立て始めた。その無防備な姿に、俺は思わず苦笑してしまったのだった。

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