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第9話 さて、ワトソン君 その1

「キューピッド活動の補佐をしてほしいの。いわゆる、ワトソン役みたいな感じで」


 夏月のその言葉を受け、俺たちは部室を出て図書室にまでやってきた。中にはぽつぽつと自習をしている生徒たちの姿が見える。夏月は迷いなく書棚の奥へ進むと、そこで待っていた三つ編みのおさげの女の子に声をかけた。


「お待たせ。あなたが渡瀬さんね。隣の彼は私の助手だから気にしないでいいわ」

「す、すみません、久遠先輩。わざわざお時間を取らせてしまって……」


 渡瀬さんは恐縮したように頭を下げるが、夏月はさらりと流した。


「いいのよ。これが私の『役割』だから。それじゃ、早速だけど、本題に入るわね。好きな相手は誰?」


 単刀直入な問いかけに、渡瀬さんは小さく肩を震わせ、少しうつむいてもじもじし始めた。しかし、やがて勇気を振り絞ったように顔を上げ、ぽつりと言葉を絞り出した。


「……同じクラスの山下君です。掃除とか日直とか、いつも手伝ってくれて……気づいたら好きになってて……」


 その言葉に夏月はうなずいた。


「なるほど。悪くないきっかけね。あとは付き合ってみて相性を確かめるだけだと思うけど?」

「えっ、つ、付き合うだなんて……!  山下君はサッカー部のレギュラーで、クラスでも人気者です。私みたいな地味な子なんて、相手にしてもらえません……」


 渡瀬さんは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。そんな彼女に、夏月が突然振り返り、俺を指差した。


「さて、ワトソン君。あなたはどう思う?」

「えっ、俺?」


 いきなり話を振られ、俺はたじろぐ。


「いや、その……渡瀬さんの気持ちは真剣だし、ちゃんと伝わればいいと思うけど……」


 言葉に詰まりながら、どうにか答える。けれども心の中では、夏月がいつもこんなことをやっているのか、と驚いていた。


 後輩の恋愛相談に乗るどころか、仲を取り持つなんてそう簡単にいく話じゃないだろう?


「まあ、まずは山下君の気持ちを探るっていうか、クラスメイトから情報を集めて……」


 俺はなんとかアドバイスをしようとするが、どうにも具体性に欠けている。


「で、それから山下君と会話してみて……その、渡瀬さんのことをどう思ってるのか……」


 自分でも何を言っているのかわからなくなり、気まずい沈黙が流れる。渡瀬さんは困ったような瞳で俺を見つめてきて、内心いたたまれなくなった。


 その様子を見た夏月が、仕方ないわね、と言いたげに口を開いた。


「常道としては冬也の言う通りかもしれない。でも、私のやり方は違うの」


 夏月は渡瀬さんに優しい声を向ける。


「渡瀬さん、気持ちを我慢すること、できそう?」

「えっ……?」


 渡瀬さんは一瞬きょとんとした後、小さく首を振った。


「……正直、もういっぱいいっぱいです。夜も眠れないくらいで……これ以上は……」


 その声には、切実な感情がにじみ出ていた。夏月はそれを受け止めるようにうなずき、はっきりと言い切る。


「なら、これからすぐに告白しましょう」

「「えっ!?」」


 俺と渡瀬さんは同時に声を上げ、夏月を見た。


「告白するの。今から」


 夏月の言葉はあまりにも突拍子もなく、俺も渡瀬さんも動揺する。しかし夏月は気にする様子もなく、俺たちを促すように一歩踏み出した。


「さあ、行くわよ」


 その足取りはまるで自信に満ちたキューピッドそのもので、俺たちはただ彼女についていくしかなかった。


 渡瀬さんの気持ちがどうなるのか、そして山下君が何を思っているのか。この先の展開は、全く読めなかった。

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