ep92 昇天(Déjà vu)
「ただ今戻りましたぁ……って、おかみさんッ!一体どうしたんですかッ?!魂が口から飛び出してますよッ!そのまま飛び出て行ったら、わたしが回収しちゃいますねッ。てへッ」
「やらせるかあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!はッ……あぁ、ディアか……おかえり。――結局、あっちはどうなったんだい?お疲れだろうが、報告頼むよ……はぁ」
ここはいつも平和な「魔の酒場亭」。アーレの城下町の端にある「魔の酒場亭」。「おかみ」の魂が、ため息と共にその口から吐き出されて浮かぶ「魔の酒場亭」。
まぁ、アマテラA級戦犯のせいで金策が尽きた「おかみ」は、本当にもう少しでディアに魂を回収されそうになっていたとか……いないとか。
それはさておきアマテラは、「A級」と言うよりは、「永久」に戦犯扱いになりそうな気はするが、それはそれ。これはこれ。
「で?それからどうなったのさね?」
「もう大変だったんですよぉ。ツクヨさんが変な菌に感染して倒れちゃったみたいで、戦線から離れる事になりましたし、アルテさんは破壊された身体の復旧が遅れて部隊の指揮が出来ないし……」
「それは難儀だったねぇ……はぁ……」
「そうだ、おかみさんッ!ウラノさんから今回の報酬を頂いて来ましたッ!」
――きらんッ
この一言で「おかみ」は瞳を輝かせ、天にも昇る気持ちになった事だろう。それこそ「ディア様ウラノ様お金貨様」である。ちなみに天にも昇る気持ちなだけで、口から放出気味な魂が天に昇ったらそれはそれで一大事である。
そして「おかみ」のその様子を喩えるならそれはまるで、「高級なペットフードを目の前に置かれた」と言うよりもその前の状況……即ち、その缶詰めを開けた瞬間に放たれる芳醇な薫りを嗅ぎ付けたイッヌのようであったとしておこう。
まぁ、この世界に「イッヌ」なる動物がいるか否かはさておき……。
げふん。さて話しを戻すとして……。ディアが持って帰って来た今回の報酬は金貨にして300枚。為替レートに当て嵌めれば金貨450枚は固い。
対して「魔の酒場亭」に届けられ重ね上げられた小高い「山」は既に完成した様子で、もう隆起して来ない。
結局のところ、アマテラが使った戦略的極大魔術の被害は総軒数1026軒に上った。一軒一軒の修繕費用は安いがチリツモ効果は莫大である。だが、その中でも届けられた封書の内、豪華な封筒だけは金額が2桁は違っていた。そう、アーレ王城とアーレの城門に関する請求書である。
最終的に蓋を開けてみれば総額にして金貨500枚の一大事業になっていた。金貨3枚あれば、一般家庭が一年は優に暮らせるこの国で、金貨500枚ともなれば途方に暮れる額であり、「おかみ」の口から魂が抜け出しそうになるのも、まぁ分かる。それがどれ程の金額になるかと問われれば……いやこれは、既視感なのでやめておこう。ネタは新鮮な方が良い。
しかしその請求額に対して現状の「魔の酒場亭」に蓄えはほとんど無かったと言える。
イシュとアマテラをヘスティに解除してもらう金額を立て替えた事が大きな原因になっているからだ。
だがこれで金策に目処が着いた。ウラノの国の金貨を為替レートで換金し、残り必要な金貨は50枚。それに先日エレが持ち戻った素材やら、宝石類に装備品などのお宝。直近の夜営業などで得た全てを支払いに使えばなんとかなる公算だ。
こうして「おかみ」は救われたと言える。多少見積もりが甘く足が出る事になっても、ギルドから前払いされた「イシュ貸し出し代金」は店にある。イシュがギルドでの扱いに耐え兼ね、逃げ出して来ない事が条件だが、その時はその時。
拠って、口から逃げ出し掛けていた魂は、ディアの手に渡る事なく無事に持ち主の元へと帰っていったのである。
「ところでおかみさん。店のみんなは全員います?」
「イシュ以外はね。アイツは今、ギルドに出張中さね。1ヶ月は帰って来れないだろうさ」
「ほえぇ。エレさんじゃなくて、イシュさんがギルドにですかぁ」
「ところで、みんなに何か用事でもあったのかい?」
「はい。今回の出張先で獣さんをたっくさん討伐して、魂もかなり集まって来たので……」
この「魔の酒場亭」の稼ぎ頭は問答無用でディアである。それは今回の金貨300枚から見ても破格のトップセールスだ。
だから「おかみ」としては、ディアがこれから話してくれるであろう、この続きの内容を聞きたくなかったと言える。
しかし残念ながらディアは、「魔の酒場亭」の従業員ではあるが、エレ達と異なり契約書類を交わしていない。契約としては一番自由度の高い「口約束」だ。
よって、もしも仮にディアが「魔の酒場亭」を辞めると言ったら、それこそ縛る事は出来ない。
「おかみ」はその事を念頭においた上で、今この店にいる全員を招集したのである――




