ep9 詭弁(Accidental resemblance)
「ユウくん、これあげる」
「これって、この前ボクが描いてた、カッコイイなにかの動物さん?」
「うん。ユウくんの為にコツコツ作って、やっと出来たんだ。気に入ってくれるかな?」
「ありがとう!こんなに嬉しいプレゼントは初めてだよッ」
「喜んでくれて本当に良かった。本当に本当に……良かった……」
「このぬいぐるみ、大事にするねッ」
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「おかみさん、エレさんってまだ帰って来てませんよね?」
「クランシス大陸の戦況が芳しくないのかねぇ?エレが苦戦するとは思えないが……ところでディア?エレに何か用事かい?」
ここはセレスティア大陸にある、アーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」である。しかし「魔の酒場亭」は通称であって、表に出してある看板に「酒場」や「亭」などの文字は一つも無い。
二人の話しに挙がっていた「エレ」はこの店の給仕兼用心棒兼雑用係だが、エレが依頼を受けた事によって「魔の酒場亭」の勤怠上は無休休暇扱いになっている。
「さっき、おかみさんから頼まれたお遣いに行った時に、エレさんにすっごく似てる人がいたんですッ!だから、エレさんが帰って来たのかなって思ったんですけど……」
「世界には似てる人間が三人はいるって言うから、他人の空似じゃないかい?」
これは「おかみ」の詭弁である。何故なら「おかみ」はこの町に住まう者達の大体の顔を覚えているのだ。だからその中に、エレに似てる顔立ちの住人は一人もいないと言い切れる。
全てではないので抜け漏れはあるかもしれないが、それでもこの「おかみ」なら言い切ってみせるだろう。
「やっぱりそうなのかなぁ?雰囲気がどことなく似ていて、わる〜い人みたいに目付きがかなりキワドい感じとか、中途半端な位置にある前髪とかもそっくりだったんだよなぁ……」
「アタシの悪口かい?悪口なら、当事者に聞こえないように言わないと高くつくわよ?」
「えっ?!エエエエレさん?」
突然のエレの声に驚きの表情を隠せないディア。そして、不機嫌そうないつもの表情に対して満面の笑顔を示しているエレ。その満面の笑み――それこそが罠であると、「おかみ」は知っている。だからこそ、気配を察知した「おかみ」は何も言わないようにしていたのだが……。
「それにしても、ディアがアタシの事をそんな風に思ってたなんてね。いつもアンタの尻拭いをしてやってるアタシに対して、そッ・んッ・なッ・風ッ・にッ・思ってたなんて……アタシは悲しくて悲しくて、涙がチョチョ切れそうだよ……およよよよ」
「エ……エレさ……ん……わたし……その……」
「銀貨二枚。それで手を打とうじゃないか」
ディアは決して悪意や他意があってさっきの言葉を吐いたワケではない。そしてそれはエレも「おかみ」も重々承知の上だ。大事な事だからもう一度伝えるが、ディアには悪意も他意も決して無い。
だからこそ質が悪いとも言えるのだが……。
「それで、一体何の話しをして盛り上がってたのさ?」
「あわわわわ、わたしのお金がぁ……」と涙目でプチ抗議をしてるディアを尻目に、いつも通りの不機嫌そうな表情で口を開いたエレ。エレの顔立ちは不機嫌そうな表情よりも笑顔の方が、色々な方面にウケがいいと思うのだが、それはそれ。これはこれ。
「ディアがアンタに似たヤツをこの町で見たって言うのさね。他人の空似じゃないかとは思うんだけどねぇ……」
「アタシに似たヤツ?(いや、そんなまさか)」
「何かしら心当たりはあるかい?」
「興味無いね。おかみさん、アタシは今日まで休みだったよね?――少し出てくる。魚竜種の依頼料とか素材は明日以降でいいかな?」
「興味無い」と言いながらもどことなく血相を変えたエレを見る限り、興味が無い感じはしないのだが、深入りする事が必ずしも幸せな結末を招くとは限らない。従って、「おかみ」は店を出て行くエレを静かに見送っていた。
ただ、心中では「無休休暇中に素材の解体はやっといておくれよ」と呟いていたのだった……。