ep8 因縁(The scarface)
「それで、アタシは何を討伐してくればいい?」
「リュウゼツガさね」
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てッ!魚竜種の討伐報酬が金貨15枚?!どっからの依頼か知らないが、ナメくさってる!リュウゼツガついでに依頼主も討伐して来てやるッ!」
「まぁまぁまぁまぁ。今回のリュウゼツガ討伐はこの店にもすこ〜しは原因があるし、そもそもアンタが追い掛けていたヤツさね」
「それはアタシの仇の事を言ってるのか?それならまぁ……。だがこの店に責任ってどういう意味だ?」
深い話しはさておき、事の顛末はこうだ。
エンゲは悲願の「リュウゼツゴイ」をあっさりと釣り上げたのである。ただ、リュウゼツゴイはリュウゼツガの幼体であり、リュウゼツガは魚竜種だ。龍種やそれに近しい種族の産卵は数年〜数十年に一度。長ければ百年単位に一度と言われている。
そして卵は一度の産卵に一つだけ。たった一つだけだからこそ、龍種や竜種といった種族は幼体が成体になるまで愛情を注いで面倒を見る事が、近年の研究で明らかになっていた。
実際に「愛」という概念がそれらの種に有るか無いかは議論の余地があるとも追記されており、異論は認めるとも記載されているが……これは余談である。
しかし当のエンゲをかの地に送り込んだのは「魔の酒場亭」である事に違いは無い。だからこそ、「おかみ」が「すこ〜し原因がある」と言ったに過ぎない。……が、当の本人は責任を微塵も感じているハズも無いのは分かりきっていると思う。
さて……話しを戻すと、親のリュウゼツガが大事に大事に育てていた子供を、どこの馬の骨とも分からない人間に奪われた……というのが議論の余地すらない事実と言えよう。よって、その怒りは想像に絶する。
「リュウゼツゴイ」が魚類種なら幸いだったが、魚竜種なのが災いした。子供を連れ去らわれた親はその怒りに任せ、手始めにユングの町を滅ぼしたのである。一方的かつ執拗な攻撃の前にユングの町は文字通り姿を消す事になった。
主要な町の一つであったとしても、平和ボケした上に武力を持たない町の行く末など、怨嗟と憎悪に塗れれば全ては灰燼に帰すのは道理と言えよう……。
そこに住まう民や、当事者がどうなったか?などは言わぬが花、聞かぬが花というヤツだ。不粋な事象は語れば語る程に仄暗い闇の底に沈んでしまう。
しかし話しはこれで終わらない。
一つの町を焼いただけでは、子供を奪われた生贄に足りなかったようだ。よってリュウゼツガはそのままクランシス大陸中央部に位置するクラウゼン王国にまで侵攻するに至る――
「まだクラウゼン王国は滅んじゃいないが、平和ボケした国家じゃ戦力差は歴然。このままだと保って数日ってところだろうねぇ」
「アタシは別にその国が滅ぼうと失くなろうと滅亡しようと関係ないね。だが討伐した後でそんなボロボロオンボロの国がちゃんと金を払えるのか?」
「アンタが話しを聞いた以上、契約書は自動的に署名された上で、店からクラウゼン王国に送られてる。全額一括で金が届くから、取りっぱぐれは無いさね」
「まぁ、それならアタシは構いやしない。それで、アタシに因縁があるって言うなら、ソイツはどこに傷があるんだ?」
「左目と額」
「ビンゴ!じゃあ、手っ取り早く討伐してくるわぁ。ひひひひひッ」
黒い長髪のウェイター姿の女の不気味な笑いが「魔の酒場亭」に木霊していく。その笑いは不穏な余韻を残していたが、いつの間にか静寂に取って代わられていった……。
「クランシス大陸はいい金ヅルだったんだけどねぇ……。暫くは出禁になりそうだ……。それにしても……これでアンタの追い掛けてるモンが一つ減るなら、金ヅルを失ってでもまぁ、良しとするさね。なぁ?エレキシュ・ガリバリウム――アンタも金ヅルなんだ。仕損じる事は無いと思うが、ちゃあんと無事に帰って来るんだよ」
ここは騒乱の真っ只中にあるクランシス大陸に対して、平穏なセレスティア大陸のアーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」。
この店の「おかみ」は、クラウゼン王国から到着したばかりの金貨30枚をその手に取り、口角を上げてニヤニヤと嗤っていた。