ep76 暗幕(Surround effect)
「それで、こっちが副官のツクヨだ」
「只今、ご紹介に預かった、ツクヨ・ミストレイルと申すなのです。貴女様がご高名なヘスティ・アーベルンゲン様なのです?お会い出来て光栄なのです」
「皆、よく覚えておけ!今回の作戦の肝となるヘスティと、ヘスティが所望した……」
「ディアです。宜しくお願い致します。それでこちらが、ランデスくんですッ!」
「――ちッ!なのです」
総指揮官であるアルテが、ディアとヘスティに対して簡単にメンバーを紹介していく。だが、総勢百名近くの猛者達の顔と名前を一致させるのはディアには不可能な芸当と言える。
そもそも、この場にいる殆どが、無機生命体の依り代を持つ高位高次元生命体か、人間としての無機生命体達である。よって無機生命体の特徴とも言える、「特徴が薄いコト」も相俟って、尚の事判別は無理だ。
その中で、有機生命体のツクヨはディアでも覚えられた珍しい存在と言えるだろう。しかし、何故かディアへはあたりが強い気がしていた。
まぁ、ディアとしては他者に対して積極的ではないので、あたりが強かろうと弱かろうと関係ないと言えば関係がない。
ちなみに、ウラノはもうこの場にいない。ランデスに興味津々の様子ではあったが、ヘスティ以上に熱を上げた様子はなかった。しかしディアは色々と質問攻めに遭ったのである。ツクヨはその様子をまじまじと見ており、ディアに対するあたりが強い理由はそこら辺から来てるのかも知れない。
斯くして、空をも覆い隠す、万を優に超える獣祭りを全軍上げての突貫で一気呵成に殲滅し、地ならしをした後でランデスの車内からヘスティが砦周辺の秩序を回復する……という作戦が決行されたのである。
ヘスティが大地の秩序を回復させ、一時的に獣達の本能を弱体化させる事。並びに滞留している魂を正常な秩序の元に循環させる事。これらを為し続ける事で砦周辺の安全を担保し、惑星全土を徐々に正常化するといった趣きなのだろう。
一方でディアはヘスティの護衛を兼ねているので、突貫部隊がある程度働いてくれないと出番はない。拠って、出番は今か今かとハンドルを持つ手に力が入っていく。
万を超える獣の群れに突貫部隊が百名足らずでは出番はだいぶ先の事になるかもしれないが、それはそれ。これはこれ。
「これだけの獣達がいれば、ディアさまの目的は達成出来るのでちて?」
「どうなんでしょう?それは分かりませんけど、でも、連れて来て下さってありがとうございます」
車内での何気ない会話。ディアにとって、ヘスティは客である事に変わりはないが、「おかみ」やエレ達に並ぶほど「長い付き合い」になって来ている。その甲斐あってか、壁が取り払われつつあるのも事実だ。
作戦が決行されてから、既に数時間が経過している。砦周辺の各地で爆発音が鳴り響き、獣達の断末魔の悲鳴がサラウンド効果と共に不協和音を不連続に奏でていく。それは当然の事ながら耳触りのいい音などではなく、寧ろ耳に障るようなノイズだ。
結界に張り付いた暗闇を齎す天幕はその数を減らしている様子はない。拠って、外が晴れているのか曇っているのか、はたまた荒天なのかすら分からない。
何にせよ、こっちの軍勢は百名余り。如何に個の力が強くても多勢に無勢なのだろう。だが幸いな事に未だ、砦内に担ぎ込まれた負傷者はいない様子だ。ディア達以上に、衛生兵達も暇そうにしている。
外の様子は如何せん分かり辛く、ランデスのセンサーでも獣の数が多過ぎて正確には把握しきれていない。……が、戦火は徐々に拡大傾向にあるようだから、個々の戦果は上々なのかもしれない――
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「初日の戦闘を終えたワケだが、獣の多さに辟易するな」
「アルテ様。このままではラチが明かないなのです。この惑星中から全ての獣達がここに向かって来ている可能性を考えた方がいいかも知れませんなのです」
「ツクヨ、それは余りにも……いや、だが……」
「恐らくなのです。獣の群れを指揮しているモノの存在を先に確認すべきと愚考し、進言させて頂くなのです」
「獣達を指揮するモノ……それは人間か?高位高次元生命体か?それとも……獣か?だが、獣にそんな知性が?」
「可能性から考えて、脅威深度“10”相当。知性を備えた伝説級の龍種が考えられるなのです」
ツクヨの言い分は尤もだった。ウラノが話していた「優秀さ」とは、戦闘能力よりも寧ろ、思考回路の方なのかもしれない。従って、ディアもヘスティもこの軍議に同席しているが、その口から何も紡ぐ言の葉はない。それ以上の見解など持ち得ていないからだ。
また、他の者達も自分から一切話そうとしないので、総指揮官と副官の会話だけが軍議の場に響いていった――




