ep70 箴言(Con artist)
ヘスティは詭弁を弄し、甘言を巧みに使い、さもそれが箴言であるかのように老婆の心を砕き説き伏せたワケだが、最初から全てが嘘っぱちと言えばその通りである。
そもそも高位高次元生命体は権能の使い方を誰かに習わない。教わらない。師事しない。
何故ならば、高位高次元生命体の権能は系統があり、同系統の存在に遭遇する可能性はレアを通り過ぎSSRくらいのレア度だ。そして、他系統、別系統から習ったところで意味はない。
故に、「他者からの教えなく身にはつかない」は戯言である。高位高次元生命体は必要とする権能を経験則から自分で編み出していく。そして、一度権能を失ったイシュのような存在が再び元の権能を身に着けるまでには途方も無い時間を要する。再び経験則を得るまで同じ権能が身に着く事がない為だ。
しかしヘスティは特異と言えば特異な存在。ヘスティは秩序を識り秩序で満たし、秩序を捻じ曲げる。故に、嘘っぱちの箴言を一時的に可能に出来る。
だから、ヘスティが今使っている依り代と老婆の身体の中身を入れ替えられるならば一時的には可能となる。……が、それが出来たとしても、あくまでもヘスティの権能を借り受けるだけなので、オリジンエルフィアが到達出来ない領域には変わりない。即ち甘言であり詭弁でしかない。
これは詐欺である――
しかし、中身と精神を入れ替えるのもまた、ヘスティの権能で可能となるので厄介と言えば厄介と言えるだろう。
言うなれば、詐欺師が嘘で塗り固めた道理が一時的に嘘ではなくなるという事に等しい。
言い換えれば、一時的にとはいえ、「人間が権能を覚え使う事が出来る」という真実を創り出せる事になる。
拠って、詭弁が道理となり、詭弁ではなくなるという意味だ。詐欺師を聖者にする権能と言えるかもしれない。……いや、言い過ぎだ。悪しからず。
だが先程のヘスティが紡いだ言の葉にも正言はある。よって、正しいコトと間違ったコトを織り交ぜ、さもそれが正しいと信憑性をマシマシにして他者を信じ込ませる話法。ここにヘスティの権能が一切の関与を見せていなければ、それは即ち、手段の為に目的を選ばない故の外法であり、外道の行いに寸分違わず相違無い立派な詐欺師と言えるだろう。
これを、オリジンエルフィアは受け入れてしまった。詐欺師の甘い誘惑に引っ掛かり、一時の夢を叶えた結果、全てをヘスティに捧げるコトを誓ったのである。
しかし、これは人の考え方次第だと思われるが……。叶う事のない願いを追いかけ続け、永遠にも近しい鬱々とした苦しみの日々を日常として送るよりは、騙された事に気付かない内に、大願を一時的に叶えた上で幻想の中で苦しまずに溺れ、その生命すらも含めて全てを失うのであれば、それはそれで幸せな結末と考える人もいるかもしれない。
※諸説あり。異論は認める
こうして、ヘスティは無事に真祖森人種の依り代を獲得したのである。ヘスティが真祖森人種の依り代を正式に獲得した時には既に老婆の精神は崩壊し、依り代はただの躯と同義だった訳だがその表情はとても安らかで満足そうだった――
一方でディアは、ヘスティと老婆の一連のやり取りを見ながら周囲の警戒にあたっていたが、最終的には誰も干渉してくる事はなかった。
これは飽くまでも「恐らく」ではあるが、森人種より長命でほぼ永遠とも言われる寿命を持つ真祖森人種は他者との関わりを持たなくなった種族なのかもしれない。
永遠に生き続ける事が可能であれば、種の保存に関わる本来の意味での行為は意味を為さなくなる。そうなった時、他者との関わりは次第に薄れていくのだろう。
人間ではなくなった事で色々な事から縁遠くなったディアもまた他者との関係性は薄い。よって、ヘスティが行ったコトを終始理解していない。むしろ、理解しようと思っていないだろう。
だからこそ、ヘスティが自分と老婆の身体を入れ替える権能を使った時も、ヘスティに弟子入りした形になった老婆が星間移動を使い、ヘスティと共に他の惑星に旅立っていった時も、そして、老婆の精神をヘスティの身体が擦り潰した時も……だ。何も理解していない。
唯一理解している事は、ロベスティ大森林の奥に立ち入ってから、十日間はその場に滞在したという事だ。二人が星間移動した時などは、ぼっちでその場に待機させられていた――
さて、お気付きだろうか?ヘスティは重大な契約違反を犯していたのである。




