ep69 スピード狂(Indoor noise)
「あ……あれは、なんだったんだ?」
「どうしますか?追い付き……ませんね、もう……」
森林を爆速で走り抜けていくランデスに対し、矢を射かけようにもその姿は既に遥か遠く。森人種達は呆然としながら、ランデスを見送る事しか出来なかった。
矢を諦めて森人種達の得意な魔術を使ったところで有効射程からはとうに離れ過ぎているし、自身のAGIを上げたところで追い付ける見込みもない。
ワケの分からんヤツの侵入を許した森人種達はその場に立ち尽くす事しか出来なかったが、ランデスの行く方向が自分達の隠れ里に向かっていないと知るや否やもう諦めた様子だった。
森の番人を気取るモノがそれでいいのか?とツッコみたくなりもするが、それはそれ。これはこれ。
「キャーーーーーーーッ!!ランデスくんさま素敵ーーーッ!!もう、無茶苦茶にしてえぇぇぇぇぇぇッ!!」
その頃……。爆速の車内では、速度と共にテンションMAXモードに切り替わったスピード狂が、ロードノイズに負けず劣らずの大声量でディアの運転を妨害していた。だが、今はヘスティの安全が最優先と、ハンドルを握る手に力が入る。
――既に安全圏にいる事が分かったのは目的地の側。ロベスティ大森林の更にその奥の事である――
「ヘスティさん、ここら辺が目的地ですかぁ?」
「そのようでち。ランデスくんさまのセンサーに何か反応はありますでちて?」
「今のところ……ありま……したッ!前方に一つ。右に一つです」
ロベスティ大森林の奥には見事な景観が広がる大自然の姿があった。大森林の奥に大自然といっても境目が何処か分かり辛いが、そこら辺は妄想と言う名の理力で見て頂きたい。言うなれば、「バカには見えない服」的な引用を用いれば分かってもらえるだろう。悪しからず。
「そうしたらディアさま、右の個体の方に向かって下さいますでちて?わたくしの感がびびびっと言ってる気がしますでち」
「はい、かしこまりましたッ!」
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「この身に何か用か?真祖種を纏いし神よ……」
「神?わたくしは神ではなくて高位高次元生命体。名前をヘスティ・アーベルンゲンと申しますでち。わたくしが貴女さまの願いを叶えますでち」
「代価として、この身を所望……か?」
「はい。貴女さまのその身体が欲しいのでち。わたくしのコレクションとして」
「この身の願いを叶えられるモノなどおらんよ……」
ヘスティが向かった先にいたのは老婆であった。見た目は森人種と変わらないが、装束は森人種のそれとは比ぶべくもない程にみすぼらしい。
ディアには森人種と真祖森人種の違いがまったく分からないが、ヘスティが話し掛けた以上、この老婆が目的の真祖森人種であると、そう思うようにしたようだ。
ちなみにランデスを降りたヘスティの傍らで、安全を守る為にディアは護衛をしている。
「願いを叶えられるか否か、わたくしに仰っては頂けませんでちて?」
「この身の願いは、自身の力で世界を渡る術を見付ける事。人間である我らが願い願っても到達出来ない頂。そこへ自力で行きたい……それが願いだ。自身を高位高次元生命体と言った貴女様にその願いを叶える術はあるやなしや?」
「人間では到達出来ない権能を欲するでちて?それなら手段の為に目的を選ばなければ良いのではないでちて?」
「それはどういった言葉遊びですかな?」
二人の会話をディアは真剣に聞いている。だが、内容はサッパリ分からない。拠って、周囲に危険がないか警戒モードに移行する事にした。まぁ、そんなモードは元々ないので、ただの気分と言えば気分である。
「貴女さまの身体の中にわたくしが入り、貴女さまの精神がわたくしの身体の中に入れば、この身体が使える権能を貴女さまは一時的に使う事が出来ますでち。本来は目的の為に手段がありますが、今回は手段の為に目的を使わせて差し上げますでち」
「は……?身体と精神を入れ替える……と?」
「そのように申し上げましたでち」
「だがそれでは、世界を渡る術を自力で見付けたとは言えない。自力で到達したとは言えないではないかッ!」
確かに真祖森人種が言いたい事には一理ある。研究者とはそういう人種と言えばその通りだろう。他者の力を借りず、自力での到達を目指す。それが出来れば最善であろうが、だがその前に考えてみるべきモノがある事を見落としてはいないだろうか?
「それでは、聞きますでち。貴女さまが使う魔術論理は貴女さまが1から……いえ、ゼロから考え出した事でちて?では話す言葉は?その全てをゼロから体現したのであれば、わたくしは何も言わずにここから去りましょう。しかし世界を渡る術は創造神が創り下賜された権能。ゼロから体現する事など万物には不可能なのでち。自力で発見など誰にも出来ないのでち。拠って、他者からの教えなく身にはつかないのでち」
生命を掛けて長年研究してきた者への残酷な一言と言えるその仕打ちは、老婆の心をズタズタに引き裂いていた――




