ep7 金貨(Troublesome request)
「おかみさん、戻ったよ。ところでさアタシが雑用係とはいえ、ディアのヤツにも少しはやらせてくんない?」
「エレ、帰って来た早々に悪いんだが、一つ依頼を受けてもらえないかい?」
所用に出掛けていたエレが、不機嫌そうな顔をしながら「魔の酒場亭」に帰って来た。それも皮肉交じりに……。だが、ヒニクる相手はここにはいない。
しかし、そんな不機嫌そうなエレを出迎えたのは……何やら神妙な面持ちの「おかみ」から厄介事を彷彿とさせる「依頼」という言葉……。
エレは正直なところ、深い深い溜め息の沼に沈みたくなっていた。
「どうせ厄介事なんだろ?そうだ厄介事と言えば、この前のアイツ。初見にしては厄介事を持って来なかったが、ディアのヤツは無事に行って帰ってこれたのか?」
「厄介事なんだろ?」と聞き返しながらも話しを逸らす事に全振りしたエレがそこにいた。「おかみ」の口から出た「依頼」から、全力疾走で逃げ出す算段のようだ。
「あぁ、ソイツが持って来た厄介事さね。ちなみにディアは無事さ。今は違う依頼で冒険者チームを運んでもらってる」
「ヤブヘビだったか……」結局のところ、いつもこうだ。どんな手法や話法を使っても結局、「おかみ」が望む結果になる。しかし、エレはいつもより歯切れの悪い「おかみ」の様子に判然としなかったのだった。だからこそ俄然興味を持ったと言えるだろう。
当の「おかみ」からすればいつもエレは食い気があり、入れ食いだと映っていたに違いない。よって今回も同様だ。エレの事を拗らせツンの最終形態一歩手前みたいな感じだと思っている。
まぁ、いつもの話しなのでこれはこれ。それはそれ。
「ディアが帰って来てるならアイツの依頼は完遂してるって事になるよな?それなのに厄介事?それって一体……」
「話しを聞くなら依頼を受けるって事になるが、その体で考えていいのかい?」
「アタシが「聞かない」って選択肢を選んだとしても、今までに一回も成功した試しがなかった気がするんだけど?」
「そうだったかねぇ?そんなに鬼じゃない気がするけどねぇ?」
「どの口が言うんだか……。で、それじゃあ話しを聞く前に依頼料が幾らなのか教えて欲しい。厄介事なら厄介事らしい金額を提示してくれるんだろ?」
にっちもさっちも話しが先に進まない現状の中に、エレは多少なりとも楽しみを見出しているフシがあるが、それは幻である。かと言って、今すぐに何かをする用があるワケでもないので、ただの暇潰し程度の会話に興じてるだけである。
見方を変えれば腹の探り合いにも映るが、それこそ妄想である。
要するにエレはそこまで何も考えておらず、仕事を極力したくないから時間稼ぎをしているだけなのだ。
しかしながらその一方で、仕事として依頼を受けた時はディアの風物詩のような事は一切起こさない。
仕事は極力したくないが、「やれ」と言われればやらざるを得ないので、見事完膚無きまでに完遂する反面、仕事を任されないのも「それはそれでイヤ」という本当にどうしようもない拗らせ方をしていると言っても過言ではないだろう。
「金貨5枚だ」
「断る」
「相手はアンタにとって因縁のある相手だよ?」
「因縁?だが断る。安過ぎる」
「因縁のある相手」……エレにとって、それだけじゃ心当たりがあり過ぎだった。だからこそ、純粋に報酬額のみで判断したが、あの釣師にとっての大金がエレには安過ぎると言うのは、当の本人が聞いたら絶句する事間違いないだろう。
「がめつい娘だねぇ。それなら追加報酬で討伐した素材の半分だ」
「ほう?そうなると大物の討伐か……。それなら金貨15枚と素材の7割をもらう」
「「魔の酒場亭」への依頼が15枚しか支払われないのに、全部をアンタにくれてやれるワケがないだろう?せめて10枚。素材はそれでいい」
「勝った」エレはそう思ったに違いない。どんな獲物が討伐対象かは知らないが、店に支払われる額の2/3と素材の7割が自分の元に入って来るのならそれはそれで悪くない。
更に付け加えれば、金貨15枚程度の討伐対象なら、そこまで凶悪な相手ではないだろうと安易に考えていた。
自分に対して「因縁のある相手」がそんなに弱いワケがないのだが、その言葉すらもう頭の片隅にも無かったのだろう。