ep58 横領(Sale proposal)
「ニゴウ……アンタまさかッ!」
ニゴウの思惑に拠って、解凍されたのはエレだった。「おかみ」もニゴウが言わんとしてる事は見当が付いていたが、それでヘスティが納得するとは思ってもいない。
「そこなヘスティさんの依り代は、真祖種。見たところレアな依り代にご興味がありんしょう?それだったら、堕天使種なんて、いい値段で買い取ってくれるのではないでありんすか?」
「堕天使種でちか……。モノの状態にもよりますが、あるならば中古でも高値で買い取らせて頂きますでち」
依り代は捨てられたモノであったとしても、持ち主が変わる事はない。故に、ニゴウがエンの依り代をヘスティに売ったところで、正規の持ち主がエンからヘスティに変わる事はない。よって……正確に言うなればこれは、横領である。
更に付け加えるならば、身体を変質させる事が出来るのは正規の持ち主だけだ。よって、身体自体は堕天使種だとしても見た目の変更は一切利かないシロモノ……。言うなれば高出力高性能な超高級自動車にダサいラッピングをしたようなモノ……とでも言い換える事が出来よう。
だがこの話しを膨らませると色々と厄介なので、それはそれ。これはこれ。
「確かに身体自体は堕天使種に間違いなさそうでち。でちが……まぁ、わたくしの「秩序」の権能なら書き換え如き簡単でち。でちので、買い取らせて頂くとしますでち。そうでちね、わたくしが手を加える事も鑑みて、金貨千枚でどうでちて?」
当初、「おかみ」はこのエンの依り代は封印するつもりだった。それはエンホイホイの為でもあるし、処分に困ったからでもある。
この世界に於いて、如何に命が軽く「死」が近いモノであったとしても、墓地に埋葬するには手順と許可が必要になる。故に直ぐには手を出さず倉庫区画の端に仮封印していた。
それに対して金貨千枚と言うのであれば、それは破格であり、一石二鳥の儲けモンと言わざるを得ないが、それでもまだ300枚ほど足が出る。だがその程度であれば「なんとかなる」と「おかみ」の打算が呟いていた。
「ヘスティ、少しだけ金の算段が必要になる。悪いがこの話しの続きはまた明日でもいいかねぇ?」
「えぇ。残金は残り金貨300枚でち。おかみさまの言い分はもっともでち。それではわたくしはまた明日お邪魔しますでち。そうだ、何処かに良心的なお宿はありますでちて?」
こうしてちぐはぐな高位高次元生命体はディアと共に「魔の酒場亭」を出ていった。ディアにはイシュとアマテラが厄介になっている安宿ではなく、良心的な金額設定になっている一般宿に案内するように伝えた。少なくとも二人はアーレの中心地の方まで歩いて行く事になるので、直ぐには帰って来ない。
その間に「おかみ」は、二人に対して言わなくてはならない事を伝えるべく、ディアを外に出した……と言うのが正解だろう――
「それじゃあ、二人に話そうかね。分かっているとは思うが、エンリの依り代はアンタ達のモンじゃあない」
「売却の提案は妾が出した案……少しくらいは……ダメでありんすか?」
「可愛らしく言ってもダメなモンはダメさね」
――しゅん……
「それに残りの金貨300枚だって、持ち合わせはないんだろう?」
「カイセル共和国の本拠地から奪って来る」という案はもはや使えず、軍資金が無い二人は黙り込んでいる。
「金策」とはいつ如何なる世界に於いて、どんな人間や高位高次元生命体であったとしても付き纏う厄介な問題なのだろう。本能に従って生きる獣や家畜などは除外されるだろうが、それでも彼らには彼らなりの厄介な問題があると言うものだ。
「その残り金貨300枚を「魔の酒場亭」で肩代わりする。その代わり、アンタ達はこの「店」と契約を交わしてもらう」
「ちょっと待ってくれ、おかみさん!そうしたら、この変態やバカ妹がアタシと同じ従業員になるってコトじゃないか?!」
これは「おかみ」に取っても苦渋の決断としか言いようがない。この店は大抵閑古鳥が鳴いている。余計な人員を雇わなくても仕事は回っているのだ。それにエレと因縁のあるイシュに加えて、厄介なアマテラまで雇う事になると、七面倒くさい事この上なくなる。
故にエレとしては断固反対の姿勢を取っていた。
「まぁ、エレの言いたい事は分かる。だが、エンリの首輪を外す事が第一優先だ。ヤツの依り代で金貨の目処は付いたが、二人に貸し付けるにしても、担保は必要だろう?それにその強制力の強い契約で上書きすれば、イシュの契約を「返上」しなくても済むさね」
現状、エレは「魔の酒場亭」とではなく、「おかみ」と書面で契約を交わしている。これはエンとイシュの契約と同義の扱いだ。アマテラはエンと契約を結んでいない事から、首輪がなくなれば晴れて自由の身だ。それだと逃亡の恐れがある。
故に拘束力の強い契約を交わす必要があると言えるだろう……。




