ep55 感傷(Matter's end)
「ははっ……はははっ……終わりだ……これで終わり……この国も……我が公爵家も……何もかも……終わり……だ」
「あぁ、アンタの倅が何もしなくても、いずれはこうなっていたさ。倅がこの身体を孕ませたから、少しだけ早まった……そんなところだ。気にするな」
「ははっ……ははは……ははははは……ははっ……」
「醜いな。人間はこうも醜いのか……。しかしこれで、ソフィアも浮かばれるってモンかな。元凶のエドワード、そしてセシルラウザー公爵家。まぁ、ソフィアの家族もみんな道連れになっちまったのはご愛嬌ってヤツだと……そう思ってくれるよな?そんじゃま、この動き辛い依り代は少し手を加えさせてもらうとするか。もう何処のセカイにも、ソフィアを知るモンはいなくなったんだ。この姿はこのセカイに置いていくのが、あたしなりの弔いってヤツだ」
「あのさ、感傷に浸ってるところ、申し訳ないんだけどさ、飼い犬くん。こっちも手伝ってもらえるかな?」
「それは飼い主さんの因縁の相手ってヤツなんだろ?あたしはもう少しだけ感傷に浸りたいんだ。なっ?いいだろ?ウラノ・スィンゲルだっけ?」
「アテシの狙いはエンリ・ルールブレイカーだけだ。邪魔をしないなら、それ以外の者は捨て置くまで」
「だってさ、飼い主さん。捨て置かれたあたしは、感傷に浸り切ったからもう帰るよ。後はヨロシク。そんでもって暫く待っても飼い主さんが帰って来なければ、晴れて自由の身ってコトでいいかな?」
「おい、ちょっと待て!なんだそれはッどんな理屈だッ!!飼い犬なんだから、飼い主の為に働けッ!あっ待て!待ってお願い!ワタシ一人でウラノの相手をさせるなーーーーーッ!!」
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――ぱちッ
「あーあ、イヤな夢を見ちまった……ソフィアの姿に戻っちまったからかな……はぁ……」
ここはセレスティア大陸にあるアーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」近くの安宿。ディアに投降したイシュは、疑似惑星の終焉と共に「魔の酒場亭」へと帰って来たのである。
まぁ、帰って来たと言っても、ランデスが倉庫区画に戻った事から強制的に連れて来られたと言うのが正解と言えるが、それはそれ。これはこれ。
強制転移させられた後、“ランデス”の置いてある倉庫区画からディアに連れられ店のフロアに行くとそこには、ボロボロになったエレと見知らぬ顔の二人。横たわるエンと、その横に立つ「過去に見た事があるモノ」が一人いた。
まぁ、イシュの気配を察知したエレが一番ボロボロでありながら激昂していたが、そこはディアが宥めた事で一時的に暴発はしなかった次第である。
これにてイシュは自分が犯した勘違いに気付いたと言えよう――
――しかし、結末は覆らない。
床に横たわるエンは既に事切れていた。だが、イシュと見知らぬもう一人の首から首輪は消えていない。それを見た「過去に見た事があるモノ」……「ウラノ・スィンゲル」が呟いていた。「エンリのヤツめ、この依り代を捨て逃げたか……」と。
だが、イシュは気付いてしまった。この中に「魔の酒場亭」の主人、「おかみ」がいない事に……。
そうなるとこの首に嵌められたエンの呪物とも呼べるモノは二度と外れないばかりか、別の姿でエンが現れた時には傀儡となる事が確定したようなモノだ。それが百年後なのか、三十年後なのかそれとも明日なのか……。そう考えると気が気ではなかったのである。
「アンタ、イシュだね?そんな姿になってるモンだから、さっきエレが吠えるまで気付かなかったじゃないさね」
「アンタ達の戦いは後でディアから聞くとして、その前にイシュもそこのアンタもその首輪……どうやらワケアリみたいだね。だけど、今日は本格的に何も出来ないから明日またおいで。ディア、二人を近くの安宿に連れてっておやり」
「はーい、わっかりました。おかみさん」
そのディアのセリフを聞いた途端、イシュは安堵から足腰に力が入らなくなっていた――
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「やっぱりもう一つ二つ、依り代を手に入れておくべきかなぁ……」
夢見悪く起きたワケだが、イシュはボヤいていた。それは「おかみ」の竜人種の依り代に惹かれたから……と、本人は絶対に認めないだろうが、ヒト種以外の依り代が魅力的に映ったから……と言うのは真実だろう。
権能が使えなくなった今、それに頼りきっていたイシュは、ディアと同じ戦いしか出来ない。
エレのように武器を振るう事も、「おかみ」のように戦闘に特化した身体でもない。それが今のイシュにとっては、心に刺さった棘のようにジワジワと蝕んでいたのである。
だが本心は、一つしか依り代がない不便さに億劫になっている……という事を隠しきれていない――




