ep54 パフパフ(Smart miscalculation)
――むにゅッ
モミモミ――
――もにゅッ
パフパフ――
「(――ッ!?デカくなってる……だと?!あたしの尻も胸もこんなに大きくはなかった)」
――ひしッぴしッ
びしッびしんッ――
――ぴらッ
チラチラ――
――するッ
サワサワ――
「(――ッ!?白い……だと?!あたしの肌はこんなに白くなかった。そして、髪がサラサラストレート……だと?!)」
――ひちッぴちッ
びちッびちんッ――
――しゃりんッ
カチャカチャ――
「(――ッ!?これは……首輪?何故こんなモノが?あたしの権能が使えなくなったのは、コイツのせい?コレはディアが?それとも……いや、エンだな。あのバカ飼い主めッ、余計なコトを。そうなると、あたしは完全に飼い犬になった挙句の噛ませ犬にさせられて、たった一人で様子見の為にアーレに侵攻させられたって事……か……。この様子もどこかで見てるって感じ……か?)」
サンドバッグにされながらもイシュは自分の身体がどうなっているのか調べていった。傍から見ると自分の胸や尻を揉みしだくニゴウと同じような不審者に見えなくもないが、顔は真剣でニゴウのように恍惚とした表情ではない。故に、新種の変態のようである。
だが……それはそれ、これはこれ。
結果……漸くイシュは自分の身体が変質させたモノから依り代の姿に戻っている事に気付いたのだった。しかし、その原因にも到達していたが、満点の解答ではないのが誤算と言えば誤算であろう。
「もらいましたッ!てぇりゃあぁぁぁッ!」
――ばしッ
「いや、こんなんであたしの命が貰われても困る。――あーあ、止めだ止めッ!変なキャラ付け設定もまるっと纏めて全部止めだ!!漸く理解したぜ。あたしは負けでいい。アンタに投降する。どうせここには、あたし一人で来たんだろ?アンタの「おかみ」……「魔の酒場亭」の主人に会わせてくれ。話しがある。これは依頼だ。それにこの様子を見てるエンッ!残念だったな」
「ふぇッ?!ええぇっ?投降からの依頼……ですかぁ?あ……諦めちゃうんですか?そ……そうなんですか……はぃぃ。――分かりましたぁ。それじゃあ、イシュさんは投降されたので、わたしの捕虜という事でいいんですね?」
「あぁ、それでいい。もうあんなバカ飼い主の元にはいたくない。アンタの「おかみ」なら首輪も、あたしの「契約返上」もなんとかしてくれるだろ?だから「魔の酒場亭」に依頼する。あたしは客だ。どうせならエンの話しも居場所もまるっと全部、情報料無しで付ける、そんな良心的な客だッ!」
誤算に従ったイシュはディアに投降した。しかしこれは、イシュの打算などではなく、ちゃんとした計算に拠るモノと言える。
権能が全く使えないイシュは、このままディアの攻撃を受け続ければダメージの蓄積でいずれ魔力が尽きる。しかし……予備の依り代を持っておらず、替わりの依り代を探すのが大変な事から、依り代を失う事だけは避けたい。
逆に権能を使わない肉弾戦のみでイシュがディアを倒すという選択肢もあったが、首輪を見付けてしまった以上、そんな気も失せていた。
拠ってこのままディアと戦ったとしても、自我を取り戻した以上勝ってしまう事は容易だが、そうなるとあの便利な何でも屋「魔の酒場亭」を使う事が出来なくなるばかりか、エンの完全支配から抜け出す手立ても他に見付けなければならなくなってしまう……。
そういった計算を打算的に行いディアに投降する道を選んだイシュは、物理的魔術的に何の拘束をされる事なく、ランデスに乗車させられたのである。
「えっと……あのさ?あたしは投降すると言ったし、依頼するとも言った。それなのに、何故「魔の酒場亭」に向かわないんだ?」
「いやぁ……それがですねぇ。わたし、この「ふぇいくわーるど」から出る方法を教えてもらってなくてですね……取り敢えずランデス君に乗り込んでみただけなんです!てへッ」
「なん……だと?それじゃ、あたしの首輪は、いつになったら取れるんだあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「それなら気を紛らわす為に、少しランデス君でドライブでもします?初めてお乗りになるお客様ですよね?」
「いや、さっきも言ったが、これで二回目だ」
「えっ?可怪しいなぁ。一回でも乗せた事のあるお客様の顔と名前は覚えてるんですけど……」
「あの時はこの姿じゃなかったから、アンタは別人だと思ってるんだろうけどさ、あたしはイシュ。あの時は確か……ライラ帝国に向かうと言って、カイセル共和国との国境あたりで降りた客がいたろ?それがあたしだ。その時アンタは「途中で降りても代金はまかりません」って言ってたっけかな?」
こうしてディア vs 「イチゴウ」改め「イチゴ」こと、イシュ・タリバリウムの戦いは終わった。しかし、二人がランデスと共にこの世界から無事に脱出出来たのはこれから三日後の事である。
その間に二人は和解する事になったのだが、それはそれ。これはこれ……としておこう。




