ep522 湾刀(The breakwater)
「――掛けまくも畏き―― 上弦の月弓尊。諸々の禍事罪穢れ有らむをば祓い給へ。下弦の月讀尊。三神三天を知食し、無上霊法神道加持持ち清め給へ。 ――恐み恐みも白す――」
「変わった詠唱だ。……が、面白い!さぁとっておきの、特大火力の魔術をワタシに見せてみなッ!英雄サマよぉッ!」
牽制弓射にてエンリの行動を制限し自身は加速した結果、二人の距離は僅か数mの距離まで接近していた。
しかしカウンターを返す事しか考えていなかったエンリの落ち度はこの点にある。エンリが考える「特大火力の魔術」がどんなモノなのかは分かり兼ねるが、魔術と言うのは“規模”と“威力”で性質が決まる。
従って二人の距離が狭くなった以上、“規模”が「対人級」という事は確定事項になるが、“威力”が「作戦級」や「戦術級」では“特大火力”にはならない。そして、それ以上の“威力”を持つ魔術は、魔術士には到底無理な芸当である。
それこそカレラやその仲間達のようなトップクラスの「ハンター」のその中でも、魔術師級であれば或いは……といった感じと言えるだろう。
だからこそこれは偏に、魔術に対して造詣が深くない「高位高次元生命体」であるエンリの完全なる読み違いであり、これが決まれば、それを逆手に取ったユーベンブロイの作戦勝ちと言っても過言ではない――
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・“斬”!」
――ザシュッ
「これで終わりだ、エンリ・ルールブレイカー! ――急急如律令!!――」
――ピシュンッ
「な……なんだ……よ、ソ……レ?ウ……ソだろ?ワタ……シのから……だが……お、おいおい、待って……くれ!なん……で、ワ……タシ……」
ユーベンブロイの手から先程まで牽制に使っていた弓は消え失せ、かつてロプトの「霧氷の棍棒」を防いだ「三日月の湾刀」が今は握られている。
その湾刀と自身の陰陽術を用いた強烈な斬撃に因り、エンリの身体は肩口から袈裟斬りにバックリと裂けていた。そしてダメ押しの更なる陰陽術で、エンリの魂を「堕天使種」から逃さない為の枷としたのだった。
結果、エンリはその命が尽きかけている「堕天使種」から離れ、他の依り代に逃げる事も出来ず、そのまま力を失って地面へと墜落していく。
ユーベンブロイはエンリが最後に何が言いたかったのかを推し量る事もせず、そのまま一瞥を餞に贈ると急ぎ、未だ収まりを見せる気配すらない「長暴走」の先頭へと向かっていった――
この戦いの決着は偏に、ユーベンブロイが今までのエンリの行動を知り得ていたからこそ、念入りに口を封じるべく採った手段だと言える――
執念深く狡猾なエンリの事だ。依り代を破壊しただけでは再びこのハリストを狙う可能性がある。
「魔の酒場亭」との契約に囚われていても尚、契約破棄を狙ってアーレを狙った事実がある以上、後々の禍根は断っておくに越した事はない。だから敢えて魔術回路を使わず、ツクヨミの加護と陰陽術を組み合わせる事で、魔力の流れをその一撃が当たる直前まで悟られないようにしたとも言える。
それは偏に、エンリがカウンターを狙っている事が容易に想像出来たからだ。エンリは嗜虐性が強い。ワザと自分を攻撃させ、それが効かなかった時の相手の絶望を愉しむ。実力差があればある程に、相手を軽視し嬲り、その心を折ろうとする。
それ故のカウンターであり、それ故の慢心である。
そしてこれもまた、ユーベンブロイがエンリに情けを掛けなかった所以でもある。命が軽いこの「箱庭」で「人間」達の惨殺を以って「神々の遊び」とするエンリの動向を、「おかみ」は許してもユーベンブロイは見過ごせなかったという事なのだろう。
その一方でそれは、ロプトに加担してしまったツクヨミの願い願いでもあった事を、ユーベンブロイは覚えているからだ――
※本来の修祓は、「神」に対して行う儀式
ここから先は、再びの苛烈極まりない戦闘となる。エンリが討たれた事で、「超暴走」は終息を迎え始めていたが、数十万の群れが即座に瓦解する事はない。
本来は群れない「獣」達を中心にして群れの中で内部分裂が始まり、同士討ち的な流れになったとしても、散り散りになった「獣」達は自分達の食料を求めて彷徨うだけだ。因ってこれだけの数がこの場所から各々、本能に従ってエサを求めれば、真っ先にアメリアのいる貧村へ向かう可能性は否めない――
「やっぱり、エンリを倒しても終わらない……か。仕方ない。こうなったら、徹底的にやるしかないね」
ユーベンブロイは上弦の月弓と下弦の月讀を喚び出し、貧村の防波堤になるべく立ち向かう。
彼の後ろには森。そこを抜かれれば護るべき者がいる貧村。この七年、ユーベンブロイはアメリアを見守り続けていた。それを徒労に終わらす事は断じて避けねばならない。
恐らくこれが、ユーベンブロイの最後の戦いになるだろう。これが終われば、漸く想いを乗せた重い肩の荷が下りる――
「長い……長い夜になりそうだ」




