ep52 指切り(The conditions)
それは完全な肉弾戦。ディアがこの場に持ち込んでいる“ランデス”に乗り込めば戦況は多少変わるかもしれないが、ディアにそんな素振りはない。
その様子はまるで、男を巡る痴話喧嘩の果てに修羅場と化した女同士の争いのようであるが二人は人外。通常の想像の範囲外の激しさを持たせ過ぎた場外乱闘の修羅場乱場とでも思ってもらえればいいだろう。
そんなドロ沼ドロドロ劇場のドロ試合と化した二人の戦いは、ディアが頭への一撃をもらった事で一変していった――
――どげしッ
「もうッ痛いですってばッ!」
キイィン――
「(えっ?!今のは……やっぱりわたし、イチゴさんとどこかで……)」
「ソノ……イイイ……ノチ……モモ……モラモラ……ウ」
「あげませんッ!絶対に絶対にユーベンブロイの命はあげませんッ!(えっ?ユーベンブロイ?)」
こうしてディアはアメリアの記憶を思い出したのである――
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「ねぇユーベンブロイそれは何を描いたの?」
「これは「自動車」だよ、おねぇさん」
「じどうしゃってなぁに?おねぇさんに教えてユーベンブロイ」
「馬車や獣車は動物さんが牽かないと走らないでしょ?でも自動車は動物さんが牽かなくても走るクルマなんだ!それにこれは、「グランドデストロイヤー」で、通称「ランデス」。アトヨ自動車の最新モデルなんだよ」
「へぇ、自動で走るクルマかぁ。ユーベンブロイは物知りだね。わたしの知らない事をたくさん知ってるんだもの」
「あのね、おねぇさん。ボク、転生前の記憶があるんだ。だから色々なコトを知ってる。でも絶対に絶対に内緒だよ?おねぇさんにだけ教えるんだ。おねぇさんだから教えてあげるんだからねッ」
「(ユーベンブロイは転生者……そんな……。それじゃあ二日前の、あの日の夜の事は本当に夢じゃ……それなら、最後の言葉は現実に……?)うん、約束。ユーベンブロイとおねぇさんの約束。わたしはユーベンブロイの秘密を誰にも話しません」
「それなら「指切り」しよ?」
「ゆびきり?おねぇさんは痛いのはヤだよ。泣いちゃうよ?」
「違うよ。痛くないよ?「指切り」はボクが元いた世界で約束を守る為の「おまじない」なんだ。約束を破らなければ痛くなんてないよ」
「破ったら?」
「おねぇさん……約束破る……の?」
「そんな事は絶対にしない。ユーベンブロイとの約束だもの。神様に誓って破ったりするもんですか!」
「じゃあ、こうやって小指を立てて……」
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「ユウくんを……誰か……誰でもいいから……ユウくんを……」
『――死なせたくないか?――』
『――それならば契約を結ぶか?――』
『――ここに契約は締結された、心の底から願うならば、その願いは必ず□□□だろう――』
『――我は別の世界から来たるモノ。汝は己の願いの為に代償を集めよ。数多の代償の果てにその願いは叶う。努努忘れる事勿れ――』
「ボクも……ボクも一緒に行かせて。おねぇさんと……いや、ママと一緒に行かせてッ」
『――まさか、この場にいようとはな……。そなたは転生者であったな?それならば……いや、良かろう。しかし、そなたの肉体は滅んだ。そのままあの者と共に行く事は出来ない。故に再びあの者の腹から産まれ出ずるように取り計らってやろう。代償を支払うならな――』
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「絶対に……絶対に許しません。イチゴさん……いえ、イシュさん。わたしの大事なユーベンブロイを殺した貴女を、わたしは絶対に許しませんッ!」
「――ッ?!イ……シュ?イ……イイィィィアァァァァァッッ」
「ふぇッ?!イシュ……さん?大丈夫ですか?」
それは「ユーベンブロイの仇」という怒りを増幅させていたアメリアにとって、出鼻を挫かれる結果となる――
先程までのほぼ互角な戦いは怒りによって力を増した結果、ディアがそのまま戦っていれば有利になる魔力量になっていた。だがアメリアがイシュの言葉で記憶を取り戻したようにイシュもまた、ディアの言葉で様子が変わったのである。
「あれ?ここは……?あたしは一体何を?それになんじゃあ、このカッコ」
「イシュ……さん?」
「アンタは確か、「魔の酒場亭」のディア……あっ。おほん!貴女は確か、ディアさんでしたわよね?これは一体、どういう状況かしら?説明してもらっても宜しくて?」
イシュはエンの首輪に囚われ、全ての権能と自我を破壊される前に手を打っていた。しかし首に嵌められた首輪が失くなった訳ではない。更にここ数日間の記憶も喪失している。それでも自我だけは残す事に成功していた。
ちなみに格好の事を気にしているが、エンの善意によって全裸ではなく、趣味ではないドレスを着させられている。
「あの日の夜に……あの日の夜に貴女が来なければ、ユーベンブロイは死なずに済んだんです。わたしは貴女を許しません!」
「あの日の夜?一体なんの事です?それにユーベンブロイ?そんな方、「魔の酒場亭」におりまして?」
斯くして始まる混沌劇場……なのである。




