ep518 光と音(The impatience)
「イ、イヤ……やめてッ!どうしてこんな事をするんですかッ!」
「オマエがいけないんだッ!オマエが最初から素直に、私を受け入れてさえすればッ!」
暗闇に支配された深い森の中。空には月と星が煌々と輝いているが、それらの光が大地へと届く事はない。
鬱蒼と茂った木々の葉は光を遮り、例え空は煌々と輝いていたとしても、恐怖に顔を歪める女の顔も、怒りに猛り狂う男の表情も照らしてなどいない。
ただ小さなランプの光が遠くでぼうっと輝き、二人の居場所だけを知らせていた。
「ほらとっとと足を開け!私がオマエを気持ち良くしてやる。快楽の虜にしてやると言ってるんだッ!」
「嫌ですッ!そもそも何をしようって言うんですか!わたしをこんなところに連れて来て!緊急事態だって言うから仕方なく、わたしはここまで付いて来ただけなのに……酷い事をしないで下さいッ!」
この期に及んでも何をされようとしているのか分かっていない女の言動に男は、イライラを募らせていたのは明白だった。
かと言って、これから何をしようとしているかをイチから説明するハズもない。
――ビリビリビリッ
「キャアァァァァァッ!な、なんで、わたしの服を?なんでこんな酷い事をするんですかッ!」
男の苛立ちは女に羞恥心を植え付けようとしたのかもしれない。こうする事で女がこの場から逃げ出す事を防止し、自分の欲望に対して大人しく素直に、そして従順になるように仕向けようとしたのだろう。
だが、男の行動は更に女を騒がす事になった――
ここは深い森の中といっても、女の金切り声で叫ばれたらその声を聞き付ける者が現れないとも言い切れない。そうなったら溜まりに溜まった欲望を吐き出す事は疎か、未遂のまま逃げ出さなくてはならなくなる。こんな辺境に来てまで、そんな愚を犯す事だけは避けたかった。
そしてそんな事になったとしたら、時間を掛けた意味がまるで無い。
「これまでこの女を堕とす為にどれだけの時間を掛けたと思ってるんだッ!」とでも言いたげな男は、服を破られ顕になった胸を隠す事に必死な女の口を片手で押さえ、「早く足を開け」と一言だけ耳元で低く語気を強めた。
女は言葉を発する事が出来ないまでも、首を激しく横に振り、その神秘的なブルーサファイアの瞳から絶え間なく泪を溢れさせ、男を拒否し続ける事で男が諦め、この危難から無事に救われると信じていたのかもしれない。
しかし、女のそんな願望が叶う筈もない。何故ならば男は必死の抵抗を続けるこの女で、一刻も早く快楽に染まりたかったからだ。自分の事を初めて拒絶し味わわされた、敗北の苦渋を甘美な女の味で上書きしたかったからだ。
結果として女の願いは当然の如くに棄却され「きっとコレは極上の味がするに違いない」と男は心を弾ませ、泣きじゃくる女の太腿へとその穢れた手を伸ばしていくに至る。
だが今は片手しか使えないので思ったよりも力が入らず、女の更なる必死の抵抗を浴びた結果、その邪魔な下着すら剥がす事が出来ていない。
それが誤算だと言えば誤算だったのだろう。
時間を掛ければ掛ける程、男の欲望は掻き立てられ、はち切れんばかりに昂ぶっていくが、満足のいく結果にならない可能性が残る。
それではツマラナイ。
このとき既に、今まで使い潰して来た女達のような快楽では、この男は満たされなくなってきていたのかもしれない――
「仕方ない」
そんな一言を男が漏らした。女はその一言で、その表情に安堵が宿ったが、次の瞬間に自分の頬に強烈な痛みを覚え、そのまま地面に突っ伏す事になったのである。
「本当は殴りたくなんてなかったんだ。ちゃんと素直に最初から足を開いていれば痛い思いをする事無く、気持ち良くなれたっていうのに、だから全部オマエのせいだ」
女の泪は安堵によって止まったかに見えたが、再び盛大に地面を濡らしていく。
痛い痛い痛い。なんでなんでなんで。わたしはどうすればいいの?なんでイヤな事をイヤと言ったのに痛い思いをしなければならないの?そんな自問自答を心の内で繰り返していく。
また大声を出せば殴られるかもしれないと考えると、その恐怖に打ち克つ事は出来なかった。たった一度だけの暴力で、女の心はすっかり折れてしまったのだろう。
女はこれから自分が何をされる運命なのか、本当に理解していない。殴られた痛みで抵抗するのを諦め、その両手で胸と顔だけを隠し、内股になってせめてもの抵抗をしているが、両手が使えるようになった男の腕力には抗えない。
ただ腕で隠した筈の顔の隙間を縫うように泪だけが止まることなく流れ続け、その口からは嗚咽のみが漏れ出し呪詛のように紡がれていく。
「ええい、邪魔だッ!」
――ビリリッ
「――ッ?!ンンンッ!」
女の最後の砦が破られた瞬間だった。瞳を閉じ顔を隠している今、何が起きようとしているのか本当にワカラナイ。
ただ近くからカチャカチャとした金属音だけが仄暗さを超えた深い闇に木霊していた――




